翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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鏡責め 一

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「じっとしていろよ」
 男が念を押すように言うと、辺りで熱をふくんだ風がゆらめいた気がした。
「あっ」
 右足を大きくあげられ、また開脚を強いられる。あがきたくとも、体内の異物が竹弥の抵抗を封じ込んでしまう。
「あぅ、よせ! よせったら!」
 左の足で相手を蹴ってやろうとしたが、相手は敏捷な動きでかわし、左足も取られてしまう。
「うぅ、うううう!」
 あっという間に、竹弥は両足をほとんど満開にされ、左右の手すりのところにそれぞれ縛り付けられてしまった。両手は頭上でしばりあげられたままなので、完全に四肢の抵抗を封じ込められてしまったことになる。
 暗い蔵のなかに、白い肌をぼんやり燐光でも放つかのように照り輝かせ、竹弥は恐ろしいほどに浅ましく淫らな姿にされてしまった。
「いい格好だな。色っぽいぞ」
 羞恥と恥辱に竹弥はわめいた。
「よ、よせ! い、嫌だ! こ、こんな、こんな!」
「ちゃんとお前にも見せてやるよ」
 言うや、杉屋は紅い天鵞絨の布でおおわれた家具らしき物を両手で抱えるようにして、引きずるように動かし、竹弥の前に置いた。
「あ……!」
 はらり、と布が落ちると、そこに現れたのは一面鏡である。
 桐でつくられた抽斗ひきだしには鎌倉彫で大きく菊の花が一輪描かれている。
 前の住人の女性が使っていたものなのか、かつての主が骨董趣味で集めたものかはわからないが、一目見た瞬間、竹弥は電灯の光を一瞬はじいた銀色のその面に、かつてはたしかにその冷たい銀面をのぞいては溜息をついた誰かの吐息の曇りを見た気がした。
 前の住人か、別の誰かの所有物であった鏡が、空恐ろしい存在感をはなって竹弥を圧倒する。
 使っていたのは、妻か娘か母かは知れないが、見知らぬ往時おうじの女の情念が吸い込まれたその鏡面に、あろうことか、こんな正視に堪えぬ姿を晒している自分に気が狂いそうだ。竹弥は驚愕と屈辱の衝撃で、声もあげれず、涙も出ない。
 抽斗部分とおなじ弁柄べんがら色の縁に囲まれた長方形の銀盤には、あろうことか両足をひらけてすべてを剝きだしにしている、竹弥のあられもない姿がはっきりと映っている。
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