翠帳紅閨 ――闇から来る者――

闇の炎 四

「うう……！」
　こんな得体の知れない危険な、見るからに下層の労働者の男に、梨園の貴公子と人から誉めそやされて大事に育てられた自分が……、竹弥のなかに普段は意識したことのない自我と誇りが燃えて、いっそう悔しさがわく。
　そんな竹弥の無念そうな表情を見て、相手は薄く笑った。自分を笑っているのだ。
（畜生！　なんで、こんな）
　悔し涙がわいた。
　次の瞬間には身体が自由になった。
　そう思ったのは一瞬で、下腹に激しい痛みが走り、竹弥の意識はそこでとぎれた。

　クスクスクス……。
　ふふふふふ。
　はははははは。
　早く、早く。
　続きを見せておくれ。

　数人の話し声のようなものが耳に響いてきた。そう思ったのは夢だったか。
（まぁ、待て、これからじっくりと料理するから、おまえら、よく見ているがいいさ）
　聞き覚えのある声。
　視界は闇だった。
　闇にほのかに緋色の花が咲いたように、かすかな光が戻ってきた、と思ったのは竹弥の錯覚か、それも夢だったのだろうか。

「うう……」
　意識がはっきりと覚醒したとき、竹弥は自分が縛られていることに気づいた。
「な、なに……」
　腕が動かない。腕だけではなく、上半身が動かない。
「おや、坊や、目が覚めたかい？　ちょうど良かった。起きてないとやっぱり面白くないからな」
　目の前に立っていたのは勿論、杉屋だ。
　竹弥は、やっと状況を完全に把握した。
　自分はあのロッキング・チェアに座らされ、両腕を肘掛のところに細い縄で縛りつけられているのだ。
「ど、どういうことだよ！　あ、あんた、なにやっているんだ！」
　竹弥はじたばたと身体を動かしたが、腕はかなりしっかり縛られており、上半身は動かしようがない。だが、下半身は自由なので、必死に足で杉屋を蹴ろうとした。