翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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異界 四

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(うちの元祖は河原乞食かわらこじきだ)
 昔は芸人や役者はそう呼ばれさげすまれたという。それでも父は敢えてその言葉を酒の席で笑いながらつぶやく。
(歌舞伎だって、やたら格式や伝統がどうのというが、もとは河原乞食だ)
 血縁がものをいう歌舞伎の世界ではどうしても主役を張れなかった父は、よくあるように新派や映画の世界に入り、そこで人気を得て役者としては充分成功したといえる。
 それでも、実力があっても、努力をしても、やりたい役を得ることのできないことは、若い日の記憶に苦い痕跡をのこしたのだろう。河原乞食、という言葉を酒の匂いにまぜて吐くときの父の目はくらいものをふくんでいた。
「父方に文楽というか、人形師の先祖がいて、その人は明治のころに義太夫の女性とのあいだに子どもをもうけて、それが父の祖母だったそうです」
「へぇ。それは、ある意味じゃ生粋きっすいの役者の血筋ということだな」 
 男はくだけた口調で笑いながら、箱の中のものを取り出した。

 それは、一本の腕だった。
 竹弥は目を引かれた。
 勿論、本物ではなく、人形の腕である。
 男は笑って竹弥に放りなげてみせる。
「うわっ」
 あわてて竹弥はそれを拾い受けた。
 芝居につかう神聖な道具を投げわたすなど、文楽の役者が見れば、ひどく不謹慎で冒涜的な行為と思ったろう。
 だが、竹弥が驚愕したのは、それだけだはない。
 竹弥は手に拾ったものを見て、目をまたたいていた。 
(ほうら)
 幼いころ、やはり文楽の楽屋をのぞいたことがある。父の知り合いだという若い役者が、おもしろそうに笑いながら見せつけてきた人形の腕からは、血があふれていた。幼い竹弥は思わず悲鳴をあげていた。
 それは〝鬼腕〟と呼ばれる、血綿ちわたが取りつけられた人形の腕だった。鬼に切り取られた腕として使うものである。幼かった竹弥は本物だと思って仰天したが、今の驚きはそれ以上だ。
 それは、たしかに人形の腕で、先には指があるのだが、肘あたりのところから突き出ているのは……、
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