翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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異界 三

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 黴くさいが、意外にもそれほど埃もなく、汚れた感じではない。埋め尽くすようにある木箱や箪笥、紙箱には――竹弥が一瞬目を見張ったことに――真紅の天鵞絨ビロードの布がかけられており、どこか優艶ゆうえんな雰囲気すら漂っている。
「一応、一月に一回は伊能のおやじさんが風を入れて掃き掃除ぐらいはしてくれていたみたいでね。ああ、土足でだいじょうぶですよ」
 言うや、杉屋は慣れているのか遠慮なく入り、目当ての木箱などを点検するように開けている。ちいさなな什器じゅうきなどの数をかぞえているようだ。
 竹弥は壁にかけられている道具に、一瞬目を見張り、飲んだ息をゆっくりと吐いた。
「へぇ……」
 そこには、人形の頭部や胴部がならんでいるのだ。
 それが文楽芝居でつかうものだというのは、竹弥はすぐにわかったが、こうして精巧なつくりの人形の首や胴串などのめずらしい部品を見ると、一瞬、圧倒されるものがあった。
かしらですね」
「よくご存知ですね」
「そりゃ、役者の家で生まれ育ちましたからね」
 文楽では人形の頭部を〝かしら〟と呼ぶ。
 役柄にあわせて様々な呼称があり、男人形なら、若男、文七、倹非違使けびいし、孔明、舅。女人形なら、娘、婆、老け女形、お福などである。
 なかでも一番端にかけられているかんざしをさした立兵庫たてひょうごの髪型の傾城けいせいと呼ばれる首は、文字どおり遊女や美女役につかわれるもので、人形とは思ってもどこか奇妙な艶をしのばせ、竹弥を感心させた。
「子どものころは義理や縁で何度か文楽芝居に連れて行かれましたよ。それに……」
 一瞬、まよったが、竹弥は言葉をつづけた。
「うちの先祖には人形遣いがいたそうなんです」
「へぇ、そりゃ初耳だ」
 箱の中身を熱心にしらべていた杉屋が、やや注意をこちらに向けた。
「歌舞伎の家じゃなかったんで?」
「そう思われているようですけれど、もともと血筋じゃないんですよ」
 竹弥は唇を噛んだ。
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