翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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強風 四

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「大きな蔵ですね」
 こうして間近で見ると、かなり大きい。竹弥は物珍しさから目を凝らしていた。
 もとは白かった壁も老いた女の肌のように渋柿色がかっているが、腰巻こしまきと呼ばれる土台のあたりはしっかりとしており、大きな地震がきてもびくともしなさそうな強靭さを感じさせる。
 いつごろ建てられたものかは知れないが、古びてはいても、造りがしっかりしているのですたれた印象はなく、むしろ経てきた歳月をしのばせて、つちかわれた歴史の風格を、母屋以上に感じさせる。竹弥は感嘆にちいさく息を吐いた。
「古いけれど、頑丈そうだし。どれぐらい昔に建てられたんだろう?」
 蔵のそばの柳の木が風に揺れたのが、まるで笑っているように竹弥は思えた。この柳も蔵の一部に思える。屋敷のものではなく、蔵に仕えている……という表現が似合うように蔵に寄り添っているように思えた。
 竹弥はあらためて蔵を見上げた。
 人ならば頭か顔にあたるところに蔓若葉鬼瓦つるわかばおにがわらが存在感をしめして載っており、春の午後の青空を背に誇らしげにそびえているようだ。
「築百年以上はたっているでしょうね。母屋は幕末のころ火事にあって一回建てなおしたことがあるらしいんで、この蔵の方が古顔ですよ」
 やや錆ついた錠前に鍵を押しこみながら、男は我がことのように自慢げに言う。
「へぇ、そりゃすごい。江戸時代からあったんだ」
 きしんだ音が鳴り、鉄の錠前がはずされた。
 一瞬、竹弥は妙に胸が疼くのを感じた。
 ギギ―と扉が開くのを見つめていると、扉の向こうの薄闇に、別の世界があるような気がする。
 一歩、足を踏みいれると、行ってはいけない違う国へ入ってしまうような。
 馬鹿々々しいとは思うものの、やけに胸がざわつく。


 この春の午後のことを、近江竹弥はのちに甘酸っぱい郷愁のようなものを含んだ、奇妙な感慨にとらわれて幾度となく思い出すことになる。
 桜の花ふぶき、目に刺すような柳の青葉、黴くさい、どこか懐かしい香、観音開きのとびらの向こうに、ひっそりと存在していた薄闇の異界。
 そして、ほのかに汗の匂いを放つ、野性的なほどに下卑て、危険な目をした男のことを。
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