翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

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強風 一

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 竹弥自身は、自分が本当に役者となるか、いや、なれるのか判断がつかず、中途半端な気持ちで突き進んでいいのかどうか、まだ悩んでいる。
(どうしたものだろう……)
 畳の上にねそべり、だらだらと春の午後に心身ともに溶けていくような気分にひたってみた。
 縁側から吹きこんでくる風が、さすがに少し冷たくなってきても、そのままにしていた。
 頭が半分ねむっているような心持ちで、身体が動こうとしないのだ。

 近江、風邪ひくぞ……。
 そんな、なつかしい声が聞こえた気がした。
 いや、なつかしいとうのとは少しちがうかもしれない。
 最後に伊吹の声を聞いたのはいつだったろう……。竹弥は朦朧とした意識のかたすみで考えてみた。
(まだ三ヶ月ほど、いや四ヶ月か)
 まだまだなつかしいというには短いはずだ。だが、なつかしいのだ。もう二度と聞くことはできないのだから。
 伊吹は、昨年末のクリスマスの前日、永遠に帰らぬ人となってしまった。単車の運転をあやまったのだ。
(馬鹿だよな。クリスマス・イヴに死ぬなんて)
 夢うつつのなかで思い出して、ほろ苦く笑った。
 伊吹とは大学に入ってからおなじゼミをとったことで知り合った。
 寮の部屋も隣だったので、顔を合わすことも多く気が合ったのだが、地方政治家の次男だという彼と、役者の家の次男である竹弥とは、波長が合うものがあったのだ。自分たちは、いわゆる〝普通〟の家庭で生まれ育ったのではない、という奇妙な共感をたがいに持ち合っていたのだろう。
(あんなことさえなければ……)
 竹弥は苦く思い出す。
 あの日、出かけていく彼を、止めれば良かったと、どれほど悔やんだか。
 天気が悪く、午後から雪になると聞いていた。寒い戸外へ、あの日伊吹は何を思っていて出ていったのか……。
 そんなことをつらつら思っていると、いつしか竹弥の目尻を生あたたかいものが伝った。
 そのときだった。
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