翠帳紅閨 ――闇から来る者――

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
5 / 225

桜の邸 五

しおりを挟む
 何ごともなければ、今頃あいつとは、どうしていたろう。
 さっそく六畳ほどの茶の間になる室に寝ころんで、竹弥はとりとめなく考えた。
 午後の陽光が心地よいので、開けっ放しにした縁側からは、桜の花びらが季節の風に吹かれて舞い込んできそうだ。そうなれば、さぞ風流で雅なことだろう。
(まぁ、掃除が大変だろうけどな)
 内心、苦笑する。
 義母は家政婦をおくると言っていたが、敢えてことわって、竹弥は自分で全部すると言いはった。身体を動かした方が健康にもいいし、掃除ぐらいなら寮でもしていた。
(実家にいたときは、なにもしていなかったからな)
 実際には、なにもさせてもらえなかったのだが、それに慣れてしまっており、身のまわりのことはすべて義母や古くからいる女中にまかせっぱなしで、掃除、洗濯、炊事は勿論、その日に着る自分の服ですら自分で用意したことも、ほとんどなかったぐらいだ。だからこそ、旧弊な実家を出て大学に入ると同時に寮に入ったときは、新鮮だった。おおげさな話、やっと自由を手に入れたと思ったものだ。
 義母にも女中たちにも世話にならず、ささやかながら得た心の平和と自由は、竹弥にとってはありがたかった。
 自分たちの部屋を自分で掃除し、洗濯物は自分であらうか、洗濯賃を払って寮母に頼む。食事は食堂でみなで取る。遅くなるときはまかないさんが作り置きしてくれたおにぎりですます。そんな寮暮らしは、さして自立しているとはいえないが、それでも、そこにはささやかながら、竹弥にとっては新たな世界と人間関係があった。
 古くさい役者稼業の家に生まれ育ち、つねに使用人や見習い役者たちのなかで生まれ育った竹弥には、すべてが珍しく、おもしろかった。
 竹弥自身は、芝居は好きだが、勉強もしてみたいので、今は学業優先ということになっている。
 いずれは大がかりな舞台に出ることもあり得るかもしれないが、大学で専攻している英米文学の世界も興味ぶかく、父も、それがいつか役者としてのこやしになれば、と猶予期間をくれている。兄がすでに役者として活躍しているので、次男には好きな道をいかせてもいいと思っているのだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...