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黒い輪
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獄を出される二日前、お忍びでゼノビアスが牢に来て彼を見て笑った。
「余にさからった報いじゃ。本当はそなたを〝人獅子〟として宮廷で飼ってやりたかったが、さすがに老臣に止められた。戦功ある将を、いかに謀反の疑いあれどもあまりに酷い刑に合わせると民衆の信望を完全に失うとな。それよりかは人目につかぬ最果ての地で死ぬまで囚役につかす方がよかろうと。感謝せよ。おお、なんとたくましい」
石床を背に四肢を鉄鎖でつながれていたタキトゥスを、鎖の長さを調節させて仰向けにさせると、その上に獄吏の目もはばからず皇帝は〝女〟として乗ってきた。獄吏は口が聞けず、そういう男が牢番に望まれるのは帝国ではよくあることである。
「おお、よい、よい」
蚯蚓のような十本の指で昂らせられた身体に、巨大な蛇のような軟体がのしかかってくる。
「くぅ……。ああー」
「ああ、いい」
苦し気に声を放つことしかできないタキトゥスの上で、皇帝はのたうち商売女のような嬌声をあげた。
「そなたが余を嫌うておったことは知っておった。いつも冷たい目で余を軽蔑しておったであろう。気狂いと見下げておったであろう。そんなことはとっくに承知しておったわ。いつも、いつも余の想いをふみにじりおって。いつか、その恨みをはらしてやろうと思っておったのよ。ああ、いい……うっ……」
タキトゥスの上でゼノビアス皇帝は泣いていた。
それが性をきわめた歓喜の涙でないことにタキトゥスは気づいてしまい、そのことが辱めを受けながら不思議と彼の心にかすかな罪悪感をもたらした。
もしかしたら自分もこんな狂気の権力者のように心で泣きながらイリカを犯していたのかもしれない。
だが、さすがに彼も木の扉がきしんでドノヌスが薄暗い石牢に姿を見せたときは正気ではいられなかった。
「せっかくの男ぶりがだいなしじゃのう、タキトゥス」
欲望を果たし終わり、ふらふらと身体をはなして牢を去っていった皇帝に代わり、ドノヌスがのしかかってきたときタキトゥスは死にまさる屈辱というものを骨身にしみて味わった。
いっそ舌を噛んでしまいたくなったが、口は獄吏によって革紐でいましめられ、くぐもった唸り声を発するだけで終わった。
怒りのあまり気が狂うのではないか――と思った瞬間、彼はドノヌスが皇帝が求めたのとはちがう場所にあてがったものが、生身のそれではなく黒檀の張型であることに気づいた。さらに痴呆のように涎をたらしながら押しつけてきたドノヌスの下肢に、はっきりと違和感をもった。
「どうせおまえとはもう会うこともない、見せてやろうか?」
加虐のよろこびに燃えながらドノヌスの暗い目には被虐の欲望もちらついていた。彼の灰色の衣がめくられた瞬間、タキトゥスは片目を見張った。
「わしの家は前帝の時代には零落の憂き目を見た。若かったわしは貧乏貴族の次男で朽ち果ててしまうことがたまらず、なんとか世に出ようとみずから志願して宦官となって宮廷につかえたのよ」
ぐひひひ、という不気味な笑い声は、かすかにだが悲しい不協和音をひめていた。
「想像もできんじゃろうが、若かったわしはほっそりとして美しく、さきの陛下の寵愛を受ける身となり、その伝手で兄は出世をした。だが皇帝が身まかり、時代が変わって宮廷から暇をもらって実家にもどってきたとき、兄は次の跡とり息子をきめておった。わしのおかげで再興した家じゃというのに、わしの居場所はもはやなかった。それならばわしは貪吏と影口たたかれようとも、自分で己の財と屋敷を得ねばならぬ。歳をとるにつれてわしの風貌はすっかり変わり、贅肉がつき背はちぢみ、このような異形の身になってしもうた。わしが幾つに見える? あのおまえの親友ディトスと同い歳じゃ。自分でもすでに百歳を経たような気分じゃがな。おい、こやつの脚を持っておけ」
獄吏がたくましいタキトゥスの右足を持ち上げ、大きく下肢が割られる。タキトゥスは頬が熱くなるのを感じる。
「ほほほほ。よい恰好じゃなぁ。どうじゃ、どうじゃ、ここは」
「う……うう……」
ドノヌスは執拗にタキトゥスの雄芯をいたぶる。
「おお、可愛い姿じゃ。おまえを英雄とあがめておった民衆や兵士たちにこの姿を見せてやりたいのぅ」
タキトゥスは必死に上半身をひねって逃げようとしたが、両手両足は鎖で壁につながれているうえに、獄吏によって片足を取られ、どうにもできずドノヌスの手でもてあそばれつづけるしかない。
「腹も胸もたくましいのぅ。なんと見事な筋肉じゃ……。わしにはなぁ、タキトゥス、思春期も青年期もなかった。宦官が色小姓になることはめずらしく、おなじ宦官たちからは嫉まれ、小姓たちからはさげすまれ、皇帝の目のないところではいつもいびられておった」
声にはいっそう暗いものがまじってきている。タキトゥスは下肢をいじられる恥辱も忘れて義理の叔父の告白に耳を吸いよせられる。
「武芸をみがくこともとおく、戦場を一度も駆けることもなく、ただ肉でしか陛下に尽くせぬような者を世間は魔物を見るような目で見るものじゃ。わしはなぁ、タキトゥス」
蛭のような自分の唇を蛞蝓のような舌で舐めドノヌスは臭い息をはきつけてくる。その蛭が、蛞蝓がタキトゥスの胸の突起をしゃぶる。生理的嫌悪にタキトゥスは死にもの狂いで身体を動かそうとしたが、鎖がきしんで代わりに悲鳴をあげるだけだ。
胸の乳首を執拗に吸われ、噛まれる。
長年ドノヌスのなかで積もりつもった憤辱は、確実に彼の心身を腐らせていた。
「ゼノビアス皇帝の気持ちがわかるのよ。おまえはあの方をも軽蔑しておるが、知っておるかタキトゥス、さげすまれた方は知っておるものよ。おまえがわしや陛下を憎み嫌っておるのはお見通しじゃ。おまえは気づかなかったじゃろうが、陛下はおまえに恋しておったのじゃ。そしてご自身がおまえに見下されておることも充分知っておられた。おまえが御前を去ったあとはつねに奴隷たちへ鬱屈をぶつけて憂さばらしをしておったものじゃ。わしが陛下をそそのかしたと世間は思っておるじゃろうし、たしかにそうじゃが、その原因はいくらかはおまえにもあるのじゃぞ。ふふふふ」
ドノヌスはこれみよがし張型の先端をタキトゥスに見せつけ、やおら自分の舌で舐めた。
「ううっ」
おぞましい光景にタキトゥスは吐き気がして目をつぶる。それが視界から消えた瞬間、全身に衝撃がはしった。
――みしり、と張型がくいこんでくる。
タキトゥスは革紐を噛んで苦悶をのみこみ、おぞましい責め苦にたえた。だがさらに醜悪な復讐者の舌はうごく。
「もうひとつおまえに教えてやろう。なぜ兄がいかに見どころがあるとはいえ血のつながりもないおまえに全財産をゆずろうとしたと思う? 兄はな」
不気味な笑い声が地下牢にひびく。かすかな石壁の蝋燭がたくましい全裸の若者のうえにのしかかって太い尻をゆらす世にも醜い獣を照らしだす。
「おまえの母に横恋慕しておったのよ。ひそかに言いよって断られ、その恨みがこうじて刺客をはなったのよ」
(う、嘘だ)
苦しい息のなか、いましめられていても、タキトゥスはさけばずにいられなかった。
「嘘なものか。わしは兄の懺悔を聞いた。異国人の刺客をやとったせいで、そのころ起こった戦のために敵に殺されたと思われ、誰ひとり兄を疑うものはおらなんだ。兄はただ殺すことだけを命じたが、おまえの母は美しすぎ、蛮族たちの欲望をあおったのよ。兄は邪恋とはいえ愛したおなごを輪姦のはてに惨殺してしまったことをひどく後悔して、せめてもの罪ほろぼしにおまえをひきとって己の全財産をゆずろうとしたのじゃ。後悔するぐらいなら最初から悪行などたくらまねばよいものを。そういうところが兄の愚かなところじゃ。わしなどいまだかつて己のしたことを悔やんだことなど一度もないわ。ひひひひ」
タキトゥスは驚愕と屈辱に気を失いかけたが、意識が遠のく一瞬、脳裏に母の苦しそうな顔がうかび、やがて不幸なその女性にイリカの顔がかさなった。
「うっ! おお、おおっ!」
完全に気を失う瞬間、どういう形でか快を得たドノヌスが鯔のようにタキトゥスのうえで身体をそらせた。
「余にさからった報いじゃ。本当はそなたを〝人獅子〟として宮廷で飼ってやりたかったが、さすがに老臣に止められた。戦功ある将を、いかに謀反の疑いあれどもあまりに酷い刑に合わせると民衆の信望を完全に失うとな。それよりかは人目につかぬ最果ての地で死ぬまで囚役につかす方がよかろうと。感謝せよ。おお、なんとたくましい」
石床を背に四肢を鉄鎖でつながれていたタキトゥスを、鎖の長さを調節させて仰向けにさせると、その上に獄吏の目もはばからず皇帝は〝女〟として乗ってきた。獄吏は口が聞けず、そういう男が牢番に望まれるのは帝国ではよくあることである。
「おお、よい、よい」
蚯蚓のような十本の指で昂らせられた身体に、巨大な蛇のような軟体がのしかかってくる。
「くぅ……。ああー」
「ああ、いい」
苦し気に声を放つことしかできないタキトゥスの上で、皇帝はのたうち商売女のような嬌声をあげた。
「そなたが余を嫌うておったことは知っておった。いつも冷たい目で余を軽蔑しておったであろう。気狂いと見下げておったであろう。そんなことはとっくに承知しておったわ。いつも、いつも余の想いをふみにじりおって。いつか、その恨みをはらしてやろうと思っておったのよ。ああ、いい……うっ……」
タキトゥスの上でゼノビアス皇帝は泣いていた。
それが性をきわめた歓喜の涙でないことにタキトゥスは気づいてしまい、そのことが辱めを受けながら不思議と彼の心にかすかな罪悪感をもたらした。
もしかしたら自分もこんな狂気の権力者のように心で泣きながらイリカを犯していたのかもしれない。
だが、さすがに彼も木の扉がきしんでドノヌスが薄暗い石牢に姿を見せたときは正気ではいられなかった。
「せっかくの男ぶりがだいなしじゃのう、タキトゥス」
欲望を果たし終わり、ふらふらと身体をはなして牢を去っていった皇帝に代わり、ドノヌスがのしかかってきたときタキトゥスは死にまさる屈辱というものを骨身にしみて味わった。
いっそ舌を噛んでしまいたくなったが、口は獄吏によって革紐でいましめられ、くぐもった唸り声を発するだけで終わった。
怒りのあまり気が狂うのではないか――と思った瞬間、彼はドノヌスが皇帝が求めたのとはちがう場所にあてがったものが、生身のそれではなく黒檀の張型であることに気づいた。さらに痴呆のように涎をたらしながら押しつけてきたドノヌスの下肢に、はっきりと違和感をもった。
「どうせおまえとはもう会うこともない、見せてやろうか?」
加虐のよろこびに燃えながらドノヌスの暗い目には被虐の欲望もちらついていた。彼の灰色の衣がめくられた瞬間、タキトゥスは片目を見張った。
「わしの家は前帝の時代には零落の憂き目を見た。若かったわしは貧乏貴族の次男で朽ち果ててしまうことがたまらず、なんとか世に出ようとみずから志願して宦官となって宮廷につかえたのよ」
ぐひひひ、という不気味な笑い声は、かすかにだが悲しい不協和音をひめていた。
「想像もできんじゃろうが、若かったわしはほっそりとして美しく、さきの陛下の寵愛を受ける身となり、その伝手で兄は出世をした。だが皇帝が身まかり、時代が変わって宮廷から暇をもらって実家にもどってきたとき、兄は次の跡とり息子をきめておった。わしのおかげで再興した家じゃというのに、わしの居場所はもはやなかった。それならばわしは貪吏と影口たたかれようとも、自分で己の財と屋敷を得ねばならぬ。歳をとるにつれてわしの風貌はすっかり変わり、贅肉がつき背はちぢみ、このような異形の身になってしもうた。わしが幾つに見える? あのおまえの親友ディトスと同い歳じゃ。自分でもすでに百歳を経たような気分じゃがな。おい、こやつの脚を持っておけ」
獄吏がたくましいタキトゥスの右足を持ち上げ、大きく下肢が割られる。タキトゥスは頬が熱くなるのを感じる。
「ほほほほ。よい恰好じゃなぁ。どうじゃ、どうじゃ、ここは」
「う……うう……」
ドノヌスは執拗にタキトゥスの雄芯をいたぶる。
「おお、可愛い姿じゃ。おまえを英雄とあがめておった民衆や兵士たちにこの姿を見せてやりたいのぅ」
タキトゥスは必死に上半身をひねって逃げようとしたが、両手両足は鎖で壁につながれているうえに、獄吏によって片足を取られ、どうにもできずドノヌスの手でもてあそばれつづけるしかない。
「腹も胸もたくましいのぅ。なんと見事な筋肉じゃ……。わしにはなぁ、タキトゥス、思春期も青年期もなかった。宦官が色小姓になることはめずらしく、おなじ宦官たちからは嫉まれ、小姓たちからはさげすまれ、皇帝の目のないところではいつもいびられておった」
声にはいっそう暗いものがまじってきている。タキトゥスは下肢をいじられる恥辱も忘れて義理の叔父の告白に耳を吸いよせられる。
「武芸をみがくこともとおく、戦場を一度も駆けることもなく、ただ肉でしか陛下に尽くせぬような者を世間は魔物を見るような目で見るものじゃ。わしはなぁ、タキトゥス」
蛭のような自分の唇を蛞蝓のような舌で舐めドノヌスは臭い息をはきつけてくる。その蛭が、蛞蝓がタキトゥスの胸の突起をしゃぶる。生理的嫌悪にタキトゥスは死にもの狂いで身体を動かそうとしたが、鎖がきしんで代わりに悲鳴をあげるだけだ。
胸の乳首を執拗に吸われ、噛まれる。
長年ドノヌスのなかで積もりつもった憤辱は、確実に彼の心身を腐らせていた。
「ゼノビアス皇帝の気持ちがわかるのよ。おまえはあの方をも軽蔑しておるが、知っておるかタキトゥス、さげすまれた方は知っておるものよ。おまえがわしや陛下を憎み嫌っておるのはお見通しじゃ。おまえは気づかなかったじゃろうが、陛下はおまえに恋しておったのじゃ。そしてご自身がおまえに見下されておることも充分知っておられた。おまえが御前を去ったあとはつねに奴隷たちへ鬱屈をぶつけて憂さばらしをしておったものじゃ。わしが陛下をそそのかしたと世間は思っておるじゃろうし、たしかにそうじゃが、その原因はいくらかはおまえにもあるのじゃぞ。ふふふふ」
ドノヌスはこれみよがし張型の先端をタキトゥスに見せつけ、やおら自分の舌で舐めた。
「ううっ」
おぞましい光景にタキトゥスは吐き気がして目をつぶる。それが視界から消えた瞬間、全身に衝撃がはしった。
――みしり、と張型がくいこんでくる。
タキトゥスは革紐を噛んで苦悶をのみこみ、おぞましい責め苦にたえた。だがさらに醜悪な復讐者の舌はうごく。
「もうひとつおまえに教えてやろう。なぜ兄がいかに見どころがあるとはいえ血のつながりもないおまえに全財産をゆずろうとしたと思う? 兄はな」
不気味な笑い声が地下牢にひびく。かすかな石壁の蝋燭がたくましい全裸の若者のうえにのしかかって太い尻をゆらす世にも醜い獣を照らしだす。
「おまえの母に横恋慕しておったのよ。ひそかに言いよって断られ、その恨みがこうじて刺客をはなったのよ」
(う、嘘だ)
苦しい息のなか、いましめられていても、タキトゥスはさけばずにいられなかった。
「嘘なものか。わしは兄の懺悔を聞いた。異国人の刺客をやとったせいで、そのころ起こった戦のために敵に殺されたと思われ、誰ひとり兄を疑うものはおらなんだ。兄はただ殺すことだけを命じたが、おまえの母は美しすぎ、蛮族たちの欲望をあおったのよ。兄は邪恋とはいえ愛したおなごを輪姦のはてに惨殺してしまったことをひどく後悔して、せめてもの罪ほろぼしにおまえをひきとって己の全財産をゆずろうとしたのじゃ。後悔するぐらいなら最初から悪行などたくらまねばよいものを。そういうところが兄の愚かなところじゃ。わしなどいまだかつて己のしたことを悔やんだことなど一度もないわ。ひひひひ」
タキトゥスは驚愕と屈辱に気を失いかけたが、意識が遠のく一瞬、脳裏に母の苦しそうな顔がうかび、やがて不幸なその女性にイリカの顔がかさなった。
「うっ! おお、おおっ!」
完全に気を失う瞬間、どういう形でか快を得たドノヌスが鯔のようにタキトゥスのうえで身体をそらせた。
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