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深宮の花婿 三

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 だがアレクサンダーは胸にわきあがる無念も羞恥も、この館につれてこられてから、不本意ながら身の内に生まれつつある怯惰もかなぐりすてた。
 跪きながらも、背を伸ばし、まっすぐに碧の瞳で相手を睨みつける。
 おや……、というふうにレキウスがかすかに反応したのが知れる。
 珍しいものを見るような目でレキウスはアレクサンダーを見つめてきた。
 レキウスが腰掛けているのは、クリスモスチェアと呼ばれる簡素だが優美な曲線を持つ伝統的な椅子で、そこに座っている彼の目線は、今のアレクサンダーより高い位置なので、自然と見下ろすかたちになるのだが、今この瞬間、二人は対等な人間と人間として互いを見ていた。
「今宵の花嫁は気が強そうだな」
 レキウスの黒い目がおもしろそうにまたたく。
「おまえは余を楽しませてくれそうだな」
 レキウスが右手を差し出してきた。
 もちろん握手するためなどではなく、囚われの花嫁を褥にいざなうためにだ。
「さぁ、来るがよい。褥で存分にたのしもう。ピロテスがおまえをどう仕込んだか、余みずから調べてやろう」
 高貴な身分の人の口からやや野卑なことばがこぼれ、それは奥室に淫らな風を起こした。
 アレクサンダーはこたえなかった。
 差し出されたレキウスの、男にしては細い手を無言で見つめた。ご丁寧に指先も薄紫色に染めている。その手はアレクサンダーにとってはまさに悪魔のいざないだった。
「なにをしておる? 来るのだ」
 レキウスの声は硬くなっている。
 薄い布幕の向こうにはピロテスとソロモン、さらに扉向こうにはマヌエルや私兵がいる。逃げられるわけもなく、アレクサンダーは絶体絶命の戦場にひとり取り残された気分で、それでもあきらめきれず己の運命に抗っていた。
「来い、アレクサンダー。立つのじゃ」
 それでも無言をつらぬくアレクサンダーに、レキウスの声も荒くなる。
「来ぬのなら、無理やり来させるぞ」
 策はなかった。
 アレクサンダーは立ちあがった。
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