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深宮の花婿 二

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 アレクサンダーは小さく息を飲んだ。胸にこみあげてくる熱いかたまりをおさえるように。
「何をしておる? 花婿殿の御前じゃ。膝をつけ」
 それがこの国の習慣なのか、この館の決まりなのかわからないが、アレクサンダーにとっては屈辱である。
 それでもしぶしぶと、言われるままに膝をつく。だが頭はしっかりともたげたままだ。
 衣の裾がちいさな波のように大理石の床にながれた。
「レキウス殿下、今宵の花嫁、アレクサンダー=フォン=モールでございます」
 ソロモンが恭しく述べるのに、ちらりと目をやってから、レキウスの目はアレクサンダーにまっすぐ向かう。
 レキウスは肘掛のない椅子に腰かけており、白絹の衣をまとっている。腰ひもは銀糸の縁取りがあり、以前とおなじように長い黒髪は後ろで束ねているが、紐の色は薄紫だ。古代ローマやエジプトで帝 王 紫ティリアンパープル という色名が生まれ、紫が王者の色として世界にひろまったように、この島でも紫は高貴な色とされているようだ。だが、ここでは薄い色が好まれるらしい。これも島の習慣なのかレキウス個人の好みなのかはわからないが。
 瞳はシャンデリアの明かりのもと、あいかわらず黒々と濡れたように光っている。
「待ちかねたぞ、アレクサンダー」
 声は美しく響くテノールのようだ。
 自分の名前を呼ばれて、アレクサンダーはかすかに背が震えたのを自覚した。
 最初に彼に会ったときの自分は、髪は短く、身体つきも術後で弱ってはいたが、もうすこし芯があったと思う。
 はたして今の自分はレキウスの目にどう映っているのか。
 日に当たることのない肌は以前よりますます白くなり、四肢は言いようのないまろみを帯びているかもしれない。
 たしかに全体に女性的に見えるようになっているのだ。それを思うと、歯軋りしたいほどの無念が生まれる。
 それでも挫けることなく真正面からレキウスを見つめた。睨みつけたといっても過言ではない。
 レキウスはやはり今も薄化粧をほどこしており、瞼は薄紫色だ。唇も赤く濡れて見える。
 男のくせに化粧などするのかと最初に見たときは嫌悪を抱いたが、今アレクサンダーもまたおぞましいことに化粧をほどこされている。さぞ滑稽だろうと内心唾棄したい気持ちでいっぱいだった。
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