紅蓮の島にて、永久の夢

床入り準備 十

　アレクサンダーは前を向いた。ピロテスを見るわけでも、リカルドを見るわけでもなく、ただ視線を前方へ向けた。
　かつて誇りたかき帝国の軍服に身をつつみ、軍事パレードに参加したときのように。
　リカルドがやや驚いた気配が伝わってくる。
　この異形の花嫁が、同盟国の将校のなれの果てだと気づいたろう。
　リカルドも辛い目に遭っているのだろうが、彼の装いは屋敷のお仕着せで簡素な衣だが、清潔そうで男性用のものである。自分ほどには過酷な待遇はされていないはず。
　そんなことを考えるのも愚かしく、アレクサンダーは他人のことを推測する自分を戒めた。
　そして、息を吸うようにして、視線をさらに前方へ向ける。
　すぐそこにリカルドがいる。
　その目は食い入るようにアレクサンダーを凝視している。アレクサンダーは歯をくいしばって、視線を前方からそらさないことだけに集中した。
　リカルドの姿が後ろになり、遠くなっていく。
　リカルドの目にあるのが軽蔑か同情か、確かめることはできないが、もはやアレクサンダーは目を伏せる気はなかった。
　だが、恐ろしいことに、この状況で、いっそう体内にはげしい動揺がはしった。
　身体の内をかけめぐるのは、春情、というものなのかもしれない。
（なぜ……）
　どうして今、と思うようなことがまた起こってしまったのだ。
　アレクサンダーはどうにもならない身の内の悶えをかかえながら、それでも歩きつづけるしかない。
　体内の異物に心身を揺さぶられ、さらに自らの内に生まれた激しい情動に困惑され、人々の目に嬲られながら、アレクサンダー＝フォン＝モールは背筋を伸ばし、歩きつづけた。
　館の最奥で、自分を待ち受ける花婿と、あらたな運命に向かって。