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床入り準備 八

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 やれやれ……。マヌエルは内心うなったが、こうなると、もはやピロテスを止める術はない。もともと過激な性格のピロテスだったが、とくにアレクサンダーを前にするとその傾向が強くなるようだ。
 最近すこし常軌をこしている気もするが……。だがマヌエルはなにも言わない。口出しできる立場ではない。
「さ、言うのじゃ!」
 ピロテスは手にしていた孔雀の扇の先でアレクサンダーの頬を突く。
「これ、言うのじゃ」
 一瞬、アレクサンダーの蒼い瞳に憎悪と殺意がまたたいたが、喘ぐように唇をひらき、命じられた言葉を吐き出す。
 強制された謝罪の言葉を述べている間、アレクサンダーの瞼は閉じられ、一瞬、かすかに諦念が感じられた。だが、頬は屈辱に赤らみ、必死に怒りをおさえているのが知れる。
 マヌエルは内心息を吐いた。
 異国の怒れる美獣をまえにして、感じ入るものがあるのだ。
 幾度となくはげしい責め苦をあたえられても、アレクサンダーの百折不撓ひゃくせつふとうの精神はくだけることなく、彼の戦いはつづくようだ。
 その果てにあるのは、死か、狂気か、完全な屈服か。いずれにしろ破滅でしかない。
 だがアレクサンダーには、もはやそこへ向かって突き進むしか道はないのだ。どうなろうとも、救われて元の立場や生活にもどることは不可能だ。それはマヌエルのみならず、アレクサンダー自身が身に染みて知っているはず。
「くくくくく。よしよし、よく言えたのぅ」
 ピロテスの顔には満足さがにじんだ。
「よいか、殿下の御前では新妻らしくしとやかに謙虚にふるまうのじゃぞ。間違っても逃げようとか逆らおうとかするでないぞ」
 アレクサンダーは無言だった。さすがにピロテスもそれ以上は言わず、マヌエルに目配せした。
「では、行くとするかぇ」
 アレクサンダーの前に立ち、ピロテスは足をすすめる。
 私兵が扉をあけ、ピロテス、アレクサンダー、マヌエルとつづく。
 扉前でひかえていた二人の召使が一礼した。
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