紅蓮の島にて、永久の夢

文月 沙織

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日影の宮殿 二

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「殿下が急がれたようよ」
「ほう。それは、それは。あの外国人をお気に召されたということか」
 小声でささやかれた声を、ヴルブナは必死に聞きとった。
 〝殿下〟と呼ばれる主がこの館の奥室にいることはヴルブナも知っている。おそらくこの島の旧王族の末裔なのだろう。
 元王族が密売や人身売買の元締めか、と内心笑ったこともある。時代のながれで、そうでもしないとやっていけないのだろう。
だが、殿下と呼ばれる彼は、欧州の財界人や大物政治家ともつながりがあるそうで、あなどれない。祖国でも売春宿の女将が客となる大物政治家の弱みをつかむことで裏の世界で力を得るように、闇の仕事にかかわるものは、ときに厄介な黒幕になることがある。
 そして、その殿下がアレクサンダーを望んでいるということだ。
 もちろんアレクサンダーはそのためにこの館に連れてこられ、調教を受けてきたのだが、いざ殿下という高貴な権力者がアレクサンダーを抱くのかと思うとヴルブナは気が気ではなくなってきた。
 気がかりなことは他にもある。
ヴルブナはいつまでもこの島に滞在できる身分でもない。ピロテスが招いてくれた期間はともかく、それ以上滞在するなら宿泊場所は自分でどうにかしなければならない。
そもそも、本当なら帰国して軍務につかなければならないのだ。ピロテスが裏の手づるをつかって話を通してくれたうえに、上官の弱みをいくつか握っているおかげで、こんな緊急時であっても、強引に休暇を取ることができたが、それも長くはつづけられない。
 こういうところでも持つ者と持たざる者の違いがある。 
 今のような時代でも豪華ホテルで召使にかしずかれて長期滞在を悠然とたのしめる人間もいるというのに、ヴルブナのような人間はつねに時間に追われ、かぎられた金でやりくりしなくてはならない。ヴルブナは裏の秘密にかかわっていることで、一中尉としては過分な報酬を得ているが、それでも常に満たされているというわけでも、定収入というわけでもない。
 色、金、身分、あらゆる欲と、その欲が満たされないことで、激しい懊悩と不満がヴルブナのなかで渦巻く。
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