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日影の宮殿 一
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「あなたは先日、アレクサンダーを自由にできたではないですか。それだけでも充分だとは思いませんか? こんなことを言ったらなんですが、以前なら指一本触れることのできない相手だったのでしょう?」
「そんなこと、わかっている! 以前なら髪一本だって手に入れることなどできない相手だった……」
ふん――。ヴルブナは恨みがましく鼻を鳴らした。
「おまえ、どうせ俺のこと笑っているのだろう? そうさ、俺みたいな卑しい人間は、奴隷に堕としたとしてもアレクサンダーのような人を手に入れることなどできやしない」
いっとき組み敷き、征服したとしても、それは一瞬の夢のようで、ときが過ぎれば相手はまた別の手に連れ去られてしまう。ヴルブナは決して手に入らないものを追い求めて苦しむことになるのだ。
マヌエルはほくそ笑みそうになったが、抑えた。
「そのうちまたピロテス様が呼ぶかもしれませんよ。それまでお待ちください」
言っていて自分でも心のこもらない慰めだと思う。
ヴルブナの目は恨みを呑んで炭色に燃えていた。
(くそ! くそ! くそ!)
柱廊を歩きながらヴルブナは石床を蹴った。
(俺のものなのに! 俺のものだったのに!)
あのとき、確かに完全に我が物にしたと思った元上官は、あっけなく己の手からうばわれてしまった。ヴルブナは行き場のない怒りに翻弄されてしまっていた。
かたむきかけてきた南国の陽が、やんわりとヴルブナの頬を照らす。
中庭には純白の薔薇の花が植えられ、妍を競っているが、ヴルブナは目もくれない。
少し行けば池があり、そこには睡蓮が水面に美しい花びらを浮かべている。そこで初めてヴルブナは庭に目をやった。
池の近くで、館の召使たちが休憩でもとっているのか、二、三人たむろんでいるのが視界に入った。
「今夜は宴の準備でいそがしくなりそうだな」
「あまり賑やかにはされないようだけれど、それでも掃除はいつも以上にしっかりするようにとのことよ」
「話が急だな」
「そんなこと、わかっている! 以前なら髪一本だって手に入れることなどできない相手だった……」
ふん――。ヴルブナは恨みがましく鼻を鳴らした。
「おまえ、どうせ俺のこと笑っているのだろう? そうさ、俺みたいな卑しい人間は、奴隷に堕としたとしてもアレクサンダーのような人を手に入れることなどできやしない」
いっとき組み敷き、征服したとしても、それは一瞬の夢のようで、ときが過ぎれば相手はまた別の手に連れ去られてしまう。ヴルブナは決して手に入らないものを追い求めて苦しむことになるのだ。
マヌエルはほくそ笑みそうになったが、抑えた。
「そのうちまたピロテス様が呼ぶかもしれませんよ。それまでお待ちください」
言っていて自分でも心のこもらない慰めだと思う。
ヴルブナの目は恨みを呑んで炭色に燃えていた。
(くそ! くそ! くそ!)
柱廊を歩きながらヴルブナは石床を蹴った。
(俺のものなのに! 俺のものだったのに!)
あのとき、確かに完全に我が物にしたと思った元上官は、あっけなく己の手からうばわれてしまった。ヴルブナは行き場のない怒りに翻弄されてしまっていた。
かたむきかけてきた南国の陽が、やんわりとヴルブナの頬を照らす。
中庭には純白の薔薇の花が植えられ、妍を競っているが、ヴルブナは目もくれない。
少し行けば池があり、そこには睡蓮が水面に美しい花びらを浮かべている。そこで初めてヴルブナは庭に目をやった。
池の近くで、館の召使たちが休憩でもとっているのか、二、三人たむろんでいるのが視界に入った。
「今夜は宴の準備でいそがしくなりそうだな」
「あまり賑やかにはされないようだけれど、それでも掃除はいつも以上にしっかりするようにとのことよ」
「話が急だな」
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