紅蓮の島にて、永久の夢

文月 沙織

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闇の国 二

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 今のマヌエルは、白シャツに紺のズボンという、一見ホテルのボーイのような格好で、食事をのせた銀のトレイを手にしている。少し間をあけて、もう一人の召使らしき若い男が、こちらは着替えを乗せた黒いトレイを両手でささげるようにして持っている。
 マヌエルは無言のまま、トレイをテーブルの上に置いた。もう一人は後ろで控えている。
「朝食をおいておきます。そちらに浴室がありますので、身体を洗って着替えてください。調教は午後からですので、それまでにお仕度を」
 ‶調教〟という言葉を、光に満ちた部屋のなかで平然と告げられ、アレクサンダーは怒りと憎悪に爆発しそうになった。
「ま、また私にあのような真似をする気か?」
「勿論です。一日も早く立派な白蓮になっていただかないと」
 白蘭という言葉がひどく不吉でおぞましいものに聞こえ、アレクサンダーは背に悪寒が走った。
「そ、そんなものになれるか!」
 結局、白蓮というのは、ここでは高級娼婦を意味しているのだということは、理解できてきた。
「わ、私はアレクサンダー=フォン=モール少佐で伯爵だぞ! そんな白蓮などというわけのわからぬ役目などできるか!」
 マヌエルは出来の悪い生徒を見る教師のような冷たい目を向ける。
「ここでは、殿下とピロテス様の命令は絶対なのです。以前の立場や身分なぞなんの役にもたちません」
 わきあがる悔しさをこらえてアレクサンダーは、不本意ながら語気を弱めた。
「……なぁ、たのむ、警察、いや帝国の大使館に連絡してくれ。けっして悪いようにはしない。あとで必ず礼をするから」
 今度は、マヌエルは完全な落ちこぼれを見るような目でアレクサンダーを見る。
「賢そうに見えて、まだ状況がわかっていないのですね。ここではあなたの国の力なぞなんの意味もないのですよ。ここは……ある意味別世界なのです。ここは殿下が治められる世界、ひとつの小さな王国であり、ここでは、あなたも私も殿下の臣下でしかないのです。命令に従うしか生きる道はないのですよ」
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