紅蓮の島にて、永久の夢

背徳の洗礼 三

　アレクサンダーの位置から見ても、彼が容貌すぐれた知的な雰囲気の青年だということがわかる。肩まである黒髪はやや波打っているようで、剥き出しの双肩は飴色がかっている。
「こちらへ」
「な、なにをするんだ？」
　怯えたウラジミールを引きずるように彼は連れて行く。細身の外見に似合わず、かなり力はあるようだ。
「よ、よせ！　はなせ！」
　ハサピスも加勢するようにして二人がかりでウラジミールを引きずっていく。
　ハサピスは今もまた卑しい笑いをその顔に刻んでおり、アレクサンダーは見ていてなんとも嫌な気持ちになる。
　ウラジミールの背を見送ってから、ソロモンは残った全員に伝えた。
「おまえたちは御前に出るまえに、まずは旅の汚れを落とせ。これから浴場で身体を洗うのじゃ」
　アレクサンダーは内心、再びぎょっとした。
　だが、逃げることはできず、屠殺場へ連れていかれる羊のように従うしかない。

　浴室は富貴に慣れたアレクサンダーたちでも目を見張るほどに豪勢だった。
　湯が波打つ円型の石の浴槽があるが、アレクサンダーはつかる気はなれず、石の獅子の口から流れる湯で身体を洗うだけにした。
　アレクサンダーにとって幸いだったのは、その土地の習慣なのか、風呂に入るときにタオルを付与してくれたことと、湯煙が身体をおぼろに隠してくれることだ。
　扉付近に見張りの兵はいるが、必要以上にかかわろうとはせず、無言で佇立している。
　人質のなかには湯舟に浸かって、わずかながら疲れを癒している者もいる。
　当然男性ばかりなのも、わずかながらアレクサンダーを安堵させた。
　見渡すと、湯気にかすみながらも、エーゲの青を基調として描かれた壁画がみごとなのが知れる。歴史的価値が感じられ、こんなときでなければ古代の技法にのっとって描かれた貴婦人たちの絵に心を奪われたかもしれない。