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ヒポクラテスの欺瞞 七

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「私を殺して気がすむなら、そうしろ」
 戦意がないことを示すように両手を白衣のポケットにいれ、わざと上半身を相手に攻撃されやすいように前かがみにする。その様子はまるでふてくされた十代の不良少年のようだ。
「ああ、殺してやる!」
 開きなおったかのような医師の態度に、相手はいっそう怒りを募らせ進んでくる。二人の距離は縮まった。 
 だが、手術と睡眠薬による数日にわたる点滴だけの生活は、アレクサンダーの体力をかなり消耗させていた。今、こうして動きまわれること自体、奇跡なのだ。
 アレクサンダーが右手を振りあげた瞬間と、医師がポケットに入れていた左手を出したのはほとんど同時だった。
 さらに医師にとっては幸運なことに、アレクサンダーの精神力も限界だったようで、彼の足元が一瞬ふらついた。
 その隙をついて、医師はポケットから取り出した布切れをアレクサンダーの顔に押し付けた。
「うっ!」
 次の瞬間、アレクサンダーの身体はくずれ落ちた。
「おさえろ!」
 三人の警備兵たちがあわてて膝をついているアレクサンダーに突進する。
「ドクター」
「クロロホルムだ。これぐらいならたいした効き目はないが、患者はかなり消耗しているから、この程度でも致命傷になるんだ」
 意識こそ失わないが、アレクサンダーはひどく咳き込み、すでに手から武器は落ちていた。そこへ屈強の兵士三人の手が伸び、彼の自由を封じる。
「うう……!」
 無念そうに呻きながら、男たちによってアレクサンダーは連行されていく。
 ふらつきながらも、それでもアレクサンダーは呪詛めいた言葉を投げつけてきた。その精神力にエウリュアレは驚嘆した。
「覚えていろ……! 必ず殺してやるからな! おまえも、おまえに命令した奴も」
 エウリュアレは痛ましい想いで、悲痛なアレクサンダーの姿を見送ったが、医師は、やれやれというふうに肩をすくめただけだ。この医師もなかなか強靭な精神の持ち主だ。
 この騒ぎから三日後、船は島に着いた。
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