紅蓮の島にて、永久の夢

文月 沙織

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ヒポクラテスの欺瞞 五

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 エウリュアレは息を飲んだ。
 彼の白い右手がエウリュアレの立っている位置からも、深紅に濡れて光っているのが見えたからだ。
 アレクサンダーの手に握られているのは、鏡の破片だ。おそらくバスルームに取り付けてあったものを割ったのだろう。彼の寝間着にはいくつか赤い染みがついている。
「迂闊だったな。これからは病室のバスルームには鏡を設置しないようにしなければ」
 そのあと医師は「すぐに手を治療して、傷を残さないようにしなくては」と、つづけた。
「くるな!」
 アレクサンダーは怒り狂った獅子のように吠えた。
 こんなときだが、いや、こんなときだからこそか、烈火に燃える顔といい、振り乱れた金色の前髪といい、血に染まった白い肌といい、彼はいっそう美しく見える。
 エウリュアレは一瞬、迫力のある名画を見たような心持ちになってしまった。
「モール少佐、馬鹿な真似はやめろ。君は術後で体力が弱っているんだ。それ以上暴れるな」
 警備兵をさがらせ、ルフ医師が冷静な声で告げた。彼の沈着さに一瞬引きずりこまれたように、アレクサンダーの怒りに燃えた碧眼に理性が戻った。ほんの一瞬だったが。
「すぐ、私をここから解放しろ!」
 アレクサンダーは叫んだ、というより吠えた。
「ここは海の上だ。逃げ場などない」
 医師の口調はどこまでも静かだった。
「貴様は誰だ?」
 割れた鏡の鋭い先端を向けてわめくアレクサンダーに、医師はすこしも動じずこたえる。
「私はドクター・ルフ。船医だ」
 医師と知って、火のように怒りで燃えていたアレクサンダーの顔が青くなる。
 そしてさらなる怒りと憎悪に燃えて、苛烈に燃えた。
「もしや貴様か? 貴様が私を手術したのか!」
「そうだ」
 あっさりと医師は返した。
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