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ヒポクラテスの欺瞞 四
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エウリュアレが今まで見たなかで、男女問わず、もっとも美しい人間だろう。
そして、あの神々しいほどに美しい青年を待ち受ける島での運命を思うと、エウリュアレはみずからの神に祈りをささげるしかなかった。そう思っていたとき、激しい音が響いてきた。
「ドクター、大変です! 患者が逃亡しました!」
ドアが突然開かれ、男のあわてたような声が告げる。
「なんだと? どうして開けたんだ?」
ルフ医師カルテをたたきつけるように机に置き、椅子から立ち上がった。
入ってきた同僚の男性は一瞬、とまどった顔になった。歳はエウリュアレより十歳ほど年長だろう。三十代半ばで、顔は四角ばっており全体にずんぐりした身体だ。身にまとっている白衣も黒ずんで見えて、エウリュアレは彼が苦手だった。
「ギーガー、あなたどうしてドアを開けたの? 私はドクターに言われたとおり、患者の部屋には近寄らないようにと伝えたはずよ」
ついエウリュアレの口調はきつくなってしまう。
ギーガーと呼ばれた男は忌々しげに顔をゆがめた。年下のエウリュアレに言われるのが悔しいのだ。仕事のキャリアはエウリュアレの方が上なのだが。
「患者の叫び声が大きく、さすがに気になって様子を見ようと……。もしや発狂したのか、自殺でもしでかさないかと心配しまして。そうしましたら、ドアを開いた瞬間、殴られまして」
エウリュアレは彼がよからぬ目的をもって入室したことを確信した。彼には以前から悪い噂がある。若く美しい患者に手を出すのだ。それも男女問わず。そういう癖があるからこそ、ここで働く羽目になったのかもしれない。
「すぐ警備兵に連絡しろ! どのみち逃げられはしないが、万が一海にでも飛びこまれたら事だ。与えられた定員を数どおり島に送りとどけるのも我々の仕事のうちだ」
ルフ医師は苦い顔になって指示すると、自身、大股で廊下に出た。エウリュアレもつづく。
廊下を二人で小走りに進んでいくと、数人の警備兵たちの背が見えた。
「寄るな! 私にさわるな!」
彼らの向こうにいたのは、アレクサンダーだった。
そして、あの神々しいほどに美しい青年を待ち受ける島での運命を思うと、エウリュアレはみずからの神に祈りをささげるしかなかった。そう思っていたとき、激しい音が響いてきた。
「ドクター、大変です! 患者が逃亡しました!」
ドアが突然開かれ、男のあわてたような声が告げる。
「なんだと? どうして開けたんだ?」
ルフ医師カルテをたたきつけるように机に置き、椅子から立ち上がった。
入ってきた同僚の男性は一瞬、とまどった顔になった。歳はエウリュアレより十歳ほど年長だろう。三十代半ばで、顔は四角ばっており全体にずんぐりした身体だ。身にまとっている白衣も黒ずんで見えて、エウリュアレは彼が苦手だった。
「ギーガー、あなたどうしてドアを開けたの? 私はドクターに言われたとおり、患者の部屋には近寄らないようにと伝えたはずよ」
ついエウリュアレの口調はきつくなってしまう。
ギーガーと呼ばれた男は忌々しげに顔をゆがめた。年下のエウリュアレに言われるのが悔しいのだ。仕事のキャリアはエウリュアレの方が上なのだが。
「患者の叫び声が大きく、さすがに気になって様子を見ようと……。もしや発狂したのか、自殺でもしでかさないかと心配しまして。そうしましたら、ドアを開いた瞬間、殴られまして」
エウリュアレは彼がよからぬ目的をもって入室したことを確信した。彼には以前から悪い噂がある。若く美しい患者に手を出すのだ。それも男女問わず。そういう癖があるからこそ、ここで働く羽目になったのかもしれない。
「すぐ警備兵に連絡しろ! どのみち逃げられはしないが、万が一海にでも飛びこまれたら事だ。与えられた定員を数どおり島に送りとどけるのも我々の仕事のうちだ」
ルフ医師は苦い顔になって指示すると、自身、大股で廊下に出た。エウリュアレもつづく。
廊下を二人で小走りに進んでいくと、数人の警備兵たちの背が見えた。
「寄るな! 私にさわるな!」
彼らの向こうにいたのは、アレクサンダーだった。
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