鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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嬲られ図 三

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「何している? 早くしろ。面はそのまま取らずに許してやる。ほれ、」
 といって、川堀はつぎの舞にふさわしい鬼扇と呼ばれる紅地に白牡丹の扇をさしだす。
 それを受けとった小島が、うやうやしく膝をついて花若にわたす。花若はふるえる手で受けとるが、握りしめた仕草に怒りがしのばれる。
「ほれ、踊れ」
 ふざけたように房木までもが調子にのって花若の白い臀部をたたく。悔しげに背をふるわせながら、花若はのろのろと動きだした。
 本来なら「殺生石」を舞うのならば〝野干やかん〟という面に変えなくてはならないが、それは容赦してもらったので、そのままの〝増〟の面で、花若は動きのはげしい『殺生石』を舞い踊りはじめた。
 足で床を打ったり、両脚を開くことの多いこの演目をやりこなすのは、今の花若にとって大変な苦痛だったが、それでも音色に合わせて身体を動かしつづけ、男たちの望むような恥辱の舞を演じぬく。
 鼓とかけ声が場の雰囲気を盛りあげ、激しくも雅な花若の動きに男たちは目を奪われる。なにより、その若々しい身体の美しさが見る者の胸にせまってくる。
「とんだアメノウズメだな。これは、本当に眼福だ」
 川堀が満足そうに腕を組んで、古代の女神の名を出し、揶揄をこめて賞賛する。
 腕にも脚にもうっすら汗がかがやき、弾け、三人の観客は魂を抜かれたように、そんな花若の肉体美に魅入られ、またいっそう欲望をあおられる。
「おお、おお、揺れているぞ」
「ひひひひひ。いいぞ、もっと振れ」
 川堀や房木の下卑た野次を無視して、とにかく花若はこの拷問にも似た時間をやりこなそうとしているが、能面の下の啜り泣きが聞こえてきそうだ。
 『殺生石』の主人公は、玉藻前たまものまえという狐の妖しとされる美しい毒婦であり、つまり先ほどの人間に脅された天女の役と、人間をたぶらかし害をなす妖狐の役という対照的な役を花若は前後して演じているのである。
 舞台の上で飛び跳ねるような動きをとる花若を、指さし笑いながら見る川堀や房木とはすこし距離をとるようにして座っている東條は、感じ入るように陶然と花若の肢体を眺めている。
「ご苦労さん、もういいぞ」
 やっとこの淫虐ないたぶりに満足した川堀は手を振って止めさせ、笑いながら花若を手招きした。
「いいものを見せてもらった礼だ。ま、おまえも飲め」
 雛倉鈴希であるはずの花若を〝おまえ〟呼ばわりし、そんなことを言う。もはや川堀は花若を完全に男娼扱いする気らしい。
 悲しいことに、全裸に近い姿で正座している今の花若は、たしかに哀れな男娼であった。
 夢中になって舞い踊っているときは、どれほど無残であっても、そこを舞台として夢幻の世界の人として、〟嬲られる天女〟という幻の存在になれた花若だが、いったん音色が止んで動きを止めてしまうと、つい先ほどまで花若をかろうじて守っていたほのかな虹色の輝きが消えてしまい、残酷な現実世界での、金で買われた男娼という哀れきわまりない立場に墜ちてしまう。
 そして下界の男たちは、ここぞとばかりに、そんな堕ちた天女をいたぶろうと待ちかまえているのだ。
 男たちに取り囲まれるかたちで、ひたすら花若は恥じらい、怯えた。うっすらと汗に濡れた白い肌、ほっそりとしていても芯の強さを感じさせる四肢は、否応なしに見る者の欲望を煽る。
 川堀は、かすかに震えている花若を見て、楽しくてたまらないというように目尻を下げる。
「ほれ、」
 さらに酒をすすめられた花若は、小さく首を振る。飲むには面をはずさねばならず、それは嫌なのだ。
「なにをしてる? ほら、面をはずせ。面をつけたままだと飲めんだろう」
 最初の、面はつけたままで、という約束をまったく忘れたふりをして、川堀は酒を満たした御猪口をむりやり花若の口に持っていこうとする。房木は面白そうににやにや見ているだけで、東條はすこし唇を噛むようにして黙っている。
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