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堕とされる姫君 一
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(美紀、今頃どうしているだろう?)
もう家政婦の仕事は辞めてべつの仕事をしているか、嫁にでも行ったか。竜樹はふとしのびよってきた郷愁をふりはらった。
「お客さんが来ているようだね」
「はい。川堀様と房木様いう方です」
やっぱり、という顔を須藤は竜樹に見せる。
幾度か小島の話に出てきた、鈴希を買おうという男たちである。
そうしていると、やかましい足音が廊下の向こうから響いてきて、見知らぬ男が二人顔を見せた。
先頭にたって出てきたのはかなり太った着物姿の男で、頭髪がなかった。禿げているのではなく、剃っているのだと須藤はすぐ気づいた。
「川堀様は、住職様なんです」
お静が小声で説明した。
「へえ……」
裏では金貸しをはじめ、いろいろ事業に手を出し、今ではかなりの財産をたくわえているという。齢はとうに五十を過ぎているだろうに、頬も頭もてかてかと輝き、眼鏡をかけている目は貪欲そうに光っている。濃紺の着物につつまれた肥え太った身体を見ていると、いかにも狸親父という言葉がぴったりとくる。
「では、儂たちはこれで」
川堀はちょうど帰るところだったらしい。
「では、今度お会いする日をたのしみにしておるよ、鈴希君」
川堀の後ろにいた痩せて背のたかい人物が、妙にかんだかい声で言う。おそらくこの男が房木という銀行家なのだろうと須藤は推測する。
こちらは黒い背広姿の洋装で、川堀とは対照的なほそい身体にほそい顔。目もほそく、肌はやや色黒で、どことなく狐を思わせる。
(絵に描いたような連中だな)
内心須藤は苦笑したが、むろんおくびにも顔には出さず、二人の邪魔にならないように退き、彼らを追うようにして出てきた鈴希が、心なしか青ざめた顔で別れの挨拶をするのを黙って見ていた。その背後には影のように小島がつきしたがっている。
「では、また」
鈴希の顔はこわばっている。無理もないだろう。この見るからに灰汁のつよそうな男たちに、鈴希は身を売ることになるのだ。己を金で買おうという男たちを見る鈴希の目には、嫌悪と恨みがまじっている。
(……堕ちた姫君だな)
須藤のなかで少年時代に心をさわがされた強姦された姫君の挿絵が浮かんでくる。憐憫もあるが、こまったことに、どこかで汚され堕とされ、悶えてしまう姫君(鈴希)を見たいという危険な欲もかきたてられてしまいそうになり、内心あわてた。
鈴希の背後にひかえている小島は無表情でなにを考え、どう思っているのかまったくうかがいしれない。
「おや」
玄関を出ていきざまに、川堀はやっとその存在に気づいた、というふうに須藤たちに目をむけた。
「こちらは?」
「東京からいらした探偵さんです」
若いだけあって、物怖じしないお静が楽しげに答える。彼女は探偵というのが珍しくて仕方ないのだ。
「というと、例の幽霊騒ぎの件を調べに?」
「馬鹿々々しい」
川堀の問いに口を出したのは房木だった。
「おおかた、あの女房がなにか見間違えたかしたんでしょうに。まったく、田舎の連中ときたらこれだから」
その田舎の連中がその場にいることにまったっく頓着していないようだ。もっとも鈴希は田舎の生まれといってもどこか別格であるし、小島やお静のような使用人は房木からすればものの数に入っていないのだろう。
もう家政婦の仕事は辞めてべつの仕事をしているか、嫁にでも行ったか。竜樹はふとしのびよってきた郷愁をふりはらった。
「お客さんが来ているようだね」
「はい。川堀様と房木様いう方です」
やっぱり、という顔を須藤は竜樹に見せる。
幾度か小島の話に出てきた、鈴希を買おうという男たちである。
そうしていると、やかましい足音が廊下の向こうから響いてきて、見知らぬ男が二人顔を見せた。
先頭にたって出てきたのはかなり太った着物姿の男で、頭髪がなかった。禿げているのではなく、剃っているのだと須藤はすぐ気づいた。
「川堀様は、住職様なんです」
お静が小声で説明した。
「へえ……」
裏では金貸しをはじめ、いろいろ事業に手を出し、今ではかなりの財産をたくわえているという。齢はとうに五十を過ぎているだろうに、頬も頭もてかてかと輝き、眼鏡をかけている目は貪欲そうに光っている。濃紺の着物につつまれた肥え太った身体を見ていると、いかにも狸親父という言葉がぴったりとくる。
「では、儂たちはこれで」
川堀はちょうど帰るところだったらしい。
「では、今度お会いする日をたのしみにしておるよ、鈴希君」
川堀の後ろにいた痩せて背のたかい人物が、妙にかんだかい声で言う。おそらくこの男が房木という銀行家なのだろうと須藤は推測する。
こちらは黒い背広姿の洋装で、川堀とは対照的なほそい身体にほそい顔。目もほそく、肌はやや色黒で、どことなく狐を思わせる。
(絵に描いたような連中だな)
内心須藤は苦笑したが、むろんおくびにも顔には出さず、二人の邪魔にならないように退き、彼らを追うようにして出てきた鈴希が、心なしか青ざめた顔で別れの挨拶をするのを黙って見ていた。その背後には影のように小島がつきしたがっている。
「では、また」
鈴希の顔はこわばっている。無理もないだろう。この見るからに灰汁のつよそうな男たちに、鈴希は身を売ることになるのだ。己を金で買おうという男たちを見る鈴希の目には、嫌悪と恨みがまじっている。
(……堕ちた姫君だな)
須藤のなかで少年時代に心をさわがされた強姦された姫君の挿絵が浮かんでくる。憐憫もあるが、こまったことに、どこかで汚され堕とされ、悶えてしまう姫君(鈴希)を見たいという危険な欲もかきたてられてしまいそうになり、内心あわてた。
鈴希の背後にひかえている小島は無表情でなにを考え、どう思っているのかまったくうかがいしれない。
「おや」
玄関を出ていきざまに、川堀はやっとその存在に気づいた、というふうに須藤たちに目をむけた。
「こちらは?」
「東京からいらした探偵さんです」
若いだけあって、物怖じしないお静が楽しげに答える。彼女は探偵というのが珍しくて仕方ないのだ。
「というと、例の幽霊騒ぎの件を調べに?」
「馬鹿々々しい」
川堀の問いに口を出したのは房木だった。
「おおかた、あの女房がなにか見間違えたかしたんでしょうに。まったく、田舎の連中ときたらこれだから」
その田舎の連中がその場にいることにまったっく頓着していないようだ。もっとも鈴希は田舎の生まれといってもどこか別格であるし、小島やお静のような使用人は房木からすればものの数に入っていないのだろう。
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