鈴の鳴る夜に

文月 沙織

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薄闇の屋敷 五

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「下がれ、無礼者!」
 ぴしゃり、という肉を打つ音が、夜の庭園にまで響いた。
 だが頬を打たれても、小島は退かなかった。
「いけません、鈴希様、今日のお稽古がまだです」
「わ、私になにをする気だ? 貴様ごとき百姓の下男が?」
「お約束を守っていただくだけです」
 鈴希の癇性かんしょうそうな顔はひきつって、電球の灯りに青いほどに白く見える。
「私は雛倉家の当主だぞ」
 美しい顔を夜叉のように怒りに燃やして鈴希は使用人を睨みつけた。
「それなら、なおさらお約束を守っていただかないと。雛倉家の当主としての義務を遂行していただくまでです。さ、こちらへ来てください」
 小島の手には縄紐がある。その存在が鈴希の顔をいっそう青白くさせ、いっそう引きつらせるのだ。
「お忘れですか? 鈴希様は川堀様とお約束されたはずですよ。来月の宴までに、川堀様を歓待できるよう準備しておくと」
「だ、だからといって、何故おまえにそんなことをされなければならないのだ? おまえは私の使用人だろう?」
 鈴希はあとずさった。だが背後は床の間で、逃げ場がない。必死に威厳をたもとうとはしているが、その様子は野犬に追い詰められた若鹿だ。
「すべては雛倉家のためです。さ、聞き分けのないことをおっしゃらずに、お召し物を脱いでください。シャツもおズボンも。そして、その座布団のうえに跪くのです」
「い、いやだ! 来るな!」
「雛倉家のために、耐えてください、鈴希様」
 小島の口調は、聞き分けのない幼児をたしなめるようなものだったが、つづく言葉には底知れぬものが感じられた。
「これ以上逆らうのなら、力ずくで脱がしますよ。縛られたいですか?」
「……く! 畜生!」
 下品な言葉を吐いても、鈴希の生来の気品はすこしもくずれず、薄桃色の唇からもれる声音は悪罵であっても、どこか美しい調べを感じさせるものだった。
「うう、畜生、畜生、貴様などに……」
 鈴希は小島の足元に向けてネクタイをたたきつけるように投げ捨てた。
「そうです。シャツも、ズボンも……全部脱いでください」
 そういう小島の顔は無表情ではあるが、色黒の頬がさらに赤黒く燃えているのが電傘の下に見える。あまり感情をあらわにする男ではないようだが、鈴希の白い肌を見つめる細い目はほのかに潤んでいるようだ。
 全部脱げと言われても、下穿きと白い靴下だけはのこしたままだが、小島はそれ以上は強要しなかった。
「素晴らしい身体ですね。真珠のような肌だ。……昔はなよなよして女の子のようでしたけれど……、今はちゃんと筋肉もついて、張りがあって。さすが舞踏で鍛えたお身体だ。みごとなものですね、坊ちゃん」
「坊ちゃんと呼ぶな!」 
 かすかに小島の口が笑みの形をつくる。
「さ、そこへ手をついてください。四つん這いになってもらいましょうか」
「なっ……!」
 高慢な鈴希には信じられない要求なのだろう。わなわなと白い身体が震えている。
「そんなことでいちいち目くじらたててどうするのですか? 鈴希様には調教を受けていただくことになるのですよ。これで身体をほぐすのですから」
 小島が部屋の隅に置いていた木の箱を指さすと、鈴希は顔色が変わった。



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