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闖入者
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たしかにこの世には悪魔というものはいるものでございます。
わたくしがそれを見たのは、お屋敷の裏庭の鬼百合があざやかに濃い猩々緋の色の花びらを開けた季節の昼下がりでございました。
「お清、こちら、今日からうちに住み込むことになった須藤よ」
奥様がお屋敷の縁側からそう言ってその男、須藤正二を紹介なされたとき、わたくしはなんとも厭な予感を覚えたものでございます。
「須藤です。よろしくお願いします」
うっすら笑って愛想よくは見せていますもの、その三白眼の目はほんのすこしも笑っていないことにわたくしは気づいておりました。
夏の強烈な日に照らされたその顔は、褐色に日焼けしておりますが、かえってなかなか整って見え、有名な俳優を思い出させ、わたくしはいっそう不安な心持ちにさせらたものです。
この男は危ない……。それがわたくしの須藤正二に対していだいた最初の印象でございました。身なりこそ生成り色の開襟シャツに黒ズボンといういたって簡素な装いですが、彼の全身からどこか剣呑な雰囲気がただよっているのです。
「あとで、竜樹と安樹にも紹介しておいてちょうだい」
「はい。かしこまりました」
奥様は喪服にも見える濃紺のお着物の裾をしずかに揺らして奥へと去っていかれます。
使用人の身では奥様にむかって反対できるわけもなく、わたくしは言われたように須藤を使用人部屋へと案内しました。
「坊ちゃまはお幾つになるんでしょう?」
「十五、いえ、この六月で十六になられました。安樹お嬢様はもうすぐ十八になりますが、お身体が弱いのでほとんど離れでお過ごしなので、くれぐれもお邪魔しないように」
そんなことを説明しながら廊下を歩いているだけでも、わたくしは落ち着かなくて仕方ございません。
旦那様はどうしてこんな若い男を、通いならともかく、よりにもよってお屋敷に住み込まさせたりなさるのでしょう。
わたくしが心配症になるには理由がございます。
旦那様はいくつもの会社を経営していらっしゃるご立派な方ですが、お仕事がお忙しいせいもあって滅多に本宅であるこのお屋敷にはお帰りになられません。このお屋敷は奥様とお嬢様、お坊ちゃまと、通いの若い女中が一人と、わたくしという、ほとんど女所帯のようなものなのでございます。
そんなところへ、こんな若く、しかもどこか雰囲気のくずれたところがある男がいっしょに住むようになると、厄介なことが起こらないかと心配になってきます。
「竜樹坊ちゃまは都内の私立中学に通われています。夕方ごろには帰ってくると思いますので、そのとき紹介いたしますね」
「楽しみですね」
うっすら笑う目がどこか不敵そうでございます。わたくは胸がざわついてきました。
わたくしがそれを見たのは、お屋敷の裏庭の鬼百合があざやかに濃い猩々緋の色の花びらを開けた季節の昼下がりでございました。
「お清、こちら、今日からうちに住み込むことになった須藤よ」
奥様がお屋敷の縁側からそう言ってその男、須藤正二を紹介なされたとき、わたくしはなんとも厭な予感を覚えたものでございます。
「須藤です。よろしくお願いします」
うっすら笑って愛想よくは見せていますもの、その三白眼の目はほんのすこしも笑っていないことにわたくしは気づいておりました。
夏の強烈な日に照らされたその顔は、褐色に日焼けしておりますが、かえってなかなか整って見え、有名な俳優を思い出させ、わたくしはいっそう不安な心持ちにさせらたものです。
この男は危ない……。それがわたくしの須藤正二に対していだいた最初の印象でございました。身なりこそ生成り色の開襟シャツに黒ズボンといういたって簡素な装いですが、彼の全身からどこか剣呑な雰囲気がただよっているのです。
「あとで、竜樹と安樹にも紹介しておいてちょうだい」
「はい。かしこまりました」
奥様は喪服にも見える濃紺のお着物の裾をしずかに揺らして奥へと去っていかれます。
使用人の身では奥様にむかって反対できるわけもなく、わたくしは言われたように須藤を使用人部屋へと案内しました。
「坊ちゃまはお幾つになるんでしょう?」
「十五、いえ、この六月で十六になられました。安樹お嬢様はもうすぐ十八になりますが、お身体が弱いのでほとんど離れでお過ごしなので、くれぐれもお邪魔しないように」
そんなことを説明しながら廊下を歩いているだけでも、わたくしは落ち着かなくて仕方ございません。
旦那様はどうしてこんな若い男を、通いならともかく、よりにもよってお屋敷に住み込まさせたりなさるのでしょう。
わたくしが心配症になるには理由がございます。
旦那様はいくつもの会社を経営していらっしゃるご立派な方ですが、お仕事がお忙しいせいもあって滅多に本宅であるこのお屋敷にはお帰りになられません。このお屋敷は奥様とお嬢様、お坊ちゃまと、通いの若い女中が一人と、わたくしという、ほとんど女所帯のようなものなのでございます。
そんなところへ、こんな若く、しかもどこか雰囲気のくずれたところがある男がいっしょに住むようになると、厄介なことが起こらないかと心配になってきます。
「竜樹坊ちゃまは都内の私立中学に通われています。夕方ごろには帰ってくると思いますので、そのとき紹介いたしますね」
「楽しみですね」
うっすら笑う目がどこか不敵そうでございます。わたくは胸がざわついてきました。
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