昭和幻想鬼譚

玻璃の夢 六

　

　水の底から浮かび上がるように、意識がよみがえってきた。
　僕は自分の腕で自分を抱きしめていた。
　手も足もある。まぎれもない僕の身体だ。
　この身体の持ち主はやはり僕なのだ。
　望、うまくいかなかったね……。身体は返してもらうよ。
　そんなことを思うと、胸の奥がちくり、と痛む。これは、僕のなかの望が悔しがっているせいか。
　これからは、僕を主として、心のどこかに望を住まわせ生きていくようだ。
　ふしぎと不快でもなく、厄介だとも思わない。むしろ、面白く感じていた。
　つまりーー、これも相馬家の異色の能力なのかもしれない。吸血鬼が血を吸うように、べつの人間の心を吸い取って生きていくのか。
　僕にも相馬家の血は流れており、どうやらそれは、相馬の血をひかず、ただ相馬家の人間と身近に接して影響をうけ、ときに身体を交わることによって特殊な力を得た望より、強かったということだ。
　僕はふと名残惜しいような気持にかられて、荒れ果てた屋敷を振りかえった。
　ぼんやりとした月光に照らされ、門のあたりにおぼろな影が見えた。
　都だ。
　いまや田舎の茅屋ぼうおくとなり果てた、かつての権門の家の門の向こうに、彼女の魂魄はとどまりつづけるのだろうか。望は……？
　胸がまたちくりと痛んだ。ああ、そうか。望は僕のなかにいたのだ。
　
　僕は、僕の見た夏の妖しい幻を書き記しておこうと思う。いつか、この屋敷を訪れる誰かのために。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり