昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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美しいとき 五

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「でも、義足をつけていても、それは素晴らしい芸風でしたわ……」
 遠くを見るような目をしている都に望は目を見張った。
「えー、三代目のことだよね?」
 役者にはあまりくわしくないが、澤村田之介には四代目、五代目がいると雨沼が言っていた。別の澤村田之介と勘違いしているのではないだろうか。
「ええ、もちろんですわ。あんな役者は二人といませんよ」 
「……なんだか、まるで本当に三代目澤村田之介を見たような言い方をするね」
 澤村田之介は幕末から明治にかけて活躍した役者だというから、いくらなんでも都がその目で見たわけではないだろうに。
 都は、染めていた頬をもとの色に戻し、ややあわてたように口早になった。
「え、ええ、そうですわね。いえ、昔、お年寄りが話しているのを聞きましたのよ」
 都の祖父母ぐらいの人なら本当に見た人がいるかもしれない。
「三代目澤村田之介は歌舞伎の歴史に名をのこす名優だと、昔お年寄りが言っていましたの。あんな役者はこの国の歴史に二度と出ないだろう、と。ええ、本当にそうですわね。気性も凄いものでしたわよ。苛烈といいますのか、我が儘といいますのか。女遊びも激しかったですし……、あら、ご免あそばせ」
 都は望の前で下世話なことを話したのを恥じるように、着物のたもとで口をおおった。こういうときの都は二十代の娘のようだ。
 だが、それより、望がやはり奇妙に感じたのは、都の口ぶりが、まるで当人を見てきたように聞こえたからだ。
「あら、望様、そのお箱は、なにかいただきものですか?」
「あ、ああ」
 今度は望があわてる番だった。
「ちょっとね。そうだ、勉強しないと。宿題がまだあったんだ。いけない、今日中に片付けけなければいけなかったんだ」
 望は困ったように眉を寄せた。
「わからないところがあれば、香寺先生をお呼びするとよろしいですわ」
 都の目はふたたび畳の上にならぶ什器にもどった。
「そうするよ」 
 望はあたふたと自室に向かった。
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