昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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夏前の夜 一

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「とにかく、おまえが来る前に話はまとまったぞ。雨沼さんが、香寺の家を援助してくださることになった。まぁ、これで一安心だ。では……、そういうことで、雨沼さん、例の話もよろしく」
「まかせてください。悪いようにはしませんよ」
 やはり、父は香寺との関係を世話する代償を雨沼から得るつもりなのだ。
「離れに部屋を用意させます」
 ここは娼家なのか。父は、いつから女衒の仕事までするようになったのか。望の若い胸は怒りといらだちと、もどかしさに燃える。
「もうひとつの方の願いは……かなえてくださるのかな?」
 父の低い笑い声が耳にわずらわしく聞こえてきた。
「それは……、勇、どうだ?」
「かまいませんよ、俺は。まぁ、香寺が文句なければ」
「香寺に否やはないだろう。そうだな?」
 またも話は望がつかみかねないものとなった。男たちはなにを言わんとしているのか。
 香寺の声だけが聞こえない。
「香寺にも異論はないようですな」
 無言を承諾として、父の言葉で強引に話は終えられた。

 望はいてもたってもいられない。
 あのあと男たちは酒と料理を楽しんだようだ。望は後ろ髪をひかれる思いで自室に戻ったが、落ち着かない。
 都に言われて渋々風呂だけは済ませたが、このまま眠ることなどできず、気づいたときには薄暗い廊下を歩いていた。
 祖父の別荘での夜を思い出す。
 闇のなかを進んだ果てにたどりついた奥室で、あの夜、忠と仁のありうべかざる姿を見てしまったのだ。
 今夜は何を見ることになるのか。
 激しく期待している自分がいる。
 廊下を抜けて、裏口へ向かい、下男の下駄をはいて、こっそり引き戸を開ける。自分が泥棒になったような気分で緊張してきた。
 慣れない下駄で、夜の庭へ出た。
 離れは歩いてすぐのところにある。
 夜風はひんやりしているが、春も終わりの季節で、寒いと思うことはない。
 いや、今の望は寒さなど感じる余裕もなかった。
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