昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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日影の若葉 六

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「そこで、なんだっていうんだよ?」
 内心、望はぎくりとしたが、顔には出さないようにつとめた。
「い、勇さんと会っていたんだろう?」
「……それがどうしたっていうんだよ?」
 章一の顔はいっそう真っ赤になり、目は涙で濡れて黒々と輝いている。
「の、望ちゃん、勇さんが好きなんだろう!」
「おまえ、馬鹿だなぁ!」
 笑いたいような、怒りたいような気持で、望は自分より小さく華奢な身体を抱きしめた。
 けっして恋愛感情はない。友情もない。親類ではあるから、幼いときから知っているが、章一に対してはさほど興味も執着もなかった。ただ不細工な姉に比べると見栄えが良いので、姉にくらべれば好もしく思ってはいるが――望は美しいものが好きなので――、それだけの相手だ。
 ほんのちょっと気晴らしに揶揄からかって苛めてやりたい、と思ってしたことだ。
 だが、こうして肌と肌を合わせていると、奇妙な心持ちになってくる。
 自分と勇とのあいだを邪推して、そんなことを言う章一が、ふと、いじらしいような、可愛いような。それでいて、どうしても傷つけてしまいたい情欲もわく。
 ちょうど今、望は少年から男になろうとしている時期なのだ。この時代の子どもは総じて早熟だ。社会が、のんびりと子ども時代をおくらせてくれない仕組みになっているのだ。
 家が貧しければ小学校を出てすぐ働きに出る子どももいる。裕福な家の子であれば、将来、稼業をつぐことは定めてられており、それに合った学校へと進む。進路は生まれたときから決められている。
 子どもでいられる時間は少ない。そんなせわしい時代に望も章一も生きていた。
 そして望は今、男になろうとしていた。
 祖父にただいいようにされているのにも、仁に憧れて、勇や仁の情事を垣間かいま見て動揺しているだけなのにも、納得いかない。そんな自分はもはや終わりにしたい。
 今度は、自分が男として他者を征服するのだ。
 望のなかで激しい欲望が目覚めてきた。
「章一」
「あっ……」
 望は章一の唇を吸っていた。愛情からではなく、欲望のために。そしてかすかな憐憫ゆえに。
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