昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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午後の夢 一

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「望様、今日はあまり遠出はなさらないでくださいね」
 家庭教師の授業を終え、ちょうど散歩に出かけようとしていた相馬望そうまのぞみは、女中頭のみやこにそう言われて、顔をしかめていた。
 庭の躑躅が午後の日差しのなか、きれいに咲いていて、風も心地良さげな日である。昼食後にすこし歩きたくなったのだ。庭からそのまま森へ出ると、一時間や二時間は別荘に戻らない。
「今日は叔父様がいらっしゃる日でございますからね」
 都は、その名のとおり京都の生まれ育ちで、色白にほっそりとした、いかにも京女という嫋々とした風情だが、ものを言うときは揺るがぬ強さがある。
 暗い廊下を背にして立っていると、ひさし髪にしている頭から、衣紋を抜いてあけられた首筋、襟足までと見える肌は、嘘のようにほの白く見えて、とうてい六十になろうとは思えない。
 親の代から出入りしている商人が、「ここの女中頭さんは、いつもお若いですね」と感心したように言うのは、けっしてお世辞ではない。
 たまに都といっしょに百貨店などへ買い物に出かけると、知らない人からは、親子とまちがわれぐらいならまだしも、姉弟と思われたこともあったぐらいだ。
「叔父様たちが帰ってくるのは、夕方ぐらいだろう? 電報があったじゃないか?」
 玄関の引き戸に手をかけたたまま、望はそう口早に告げた。早く散歩に行きたく、不満そうな顔になっていたろう。
いさむ様は気まぐれですからね。ひょっとすると、昨日は東京のお屋敷にもどらず、横浜からそのままこちらへ来られるかもしれませんわ。あの方には、型破りなところがおありでございますからね」
 勇というのは、父のすぐ下の弟である。最後にあったのは、望が小等部に入る前だったから、もう十年ちかく会っていないことになる。当時すでに陸軍少尉の位についており、仕事と趣味を兼ねて大陸に行ってしまっていた。今は中尉に昇進したと手紙で知らされている。
ひとしさんも帰っていらっしゃるのかな?」
 望の声はうわずっていたかもしれない。
「ええ。仁様もご一緒にお帰りだそうでございます」


※衣紋をぬく=襟の後ろを拳一つ分あけること
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