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淫獄の宴 一
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一瞬、気を失ってしまったイルビアの脳裏に、七色の虹が見えた。虹は溶けると七色の鬱金香となり、そのうえを白や黄、黒の蝶々が飛んでいる。イルビアは祖国の王宮にいた。庭園にはイルビアの大好きなチューリップが研を競って咲き誇っている。
どこかから楽士たちの弾く軽やかな音楽がながれてくる。
(そうだわ、もうすぐ園遊会があるのだわ。お姉さまの婚約発表があるはず。ああ、ダンスの練習をしておかないと)
イルビアは庭園をさまよいながら、絹沓に守られた足でダンスのステップを踏む。
来年の春にはイルビアの婚約も発表されることになる。
(来年の春、私とサイラスは正式な婚約者となるのだわ)
イルビアは、もはや自分がサイラスの未来の妻となることを信じて疑わなかった。サイラスも今は遠慮しているが、侍女たちは、きっと内心では嬉しがっているにちがいないとイルビアにささやく。
(新しいドレスを用意しないと。それに合わせて似合う宝石も……。真珠がいいかしら? 紅玉がいいかしら?)
そんなことを思っていると、ふいに、晴れやかだった空が曇ってきた。
(雨かしら?)
空を仰いだイルビアは息を飲んだ。真っ暗だ。まるでいきなり夜になったように。だが、それは煙だった。
(まさか?)
宮殿が燃えているのだ。
(ああ! なにが起こったの? お父様、お父様はどこ? お母様、お姉さまがた、サイラス!)
イルビアは愛する者たちを呼びながら、庭園を走りつづけた。蝶が逃げ、花が散り、絹の沓もいつのまにか脱げてしまい、イルビアは裸足で走りつづけていた。
(あ、いやだ、私……)
イルビアは気づくと全裸で走っていた。
(ああ、どうしよう? こんな、こんな姿でお父様たちの前に出れないわ。侍女たちはどこ……?)
誰もいない。誰もイルビアを助けには来ない。途方にくれて暗黒の空のした、イルビアは己の身体を両手で抱きしめ立ち尽くしていた。
「あ……」
「お姫様、気がついたの? ほら、しゃんとして」
はたにはマーメイがおり、両手は板に縛りつけられたまま、脚も広げられたままのあられもない姿のままだ。イルビアは今の状況を理解し、全身を屈辱に燃やした。
「うう……」
身体にほんの少しでも力が入れば舌を噛み切って死んでしまっていたかもしれないが、イルビアの意思に反して五体は飴のようにとろけて、まったく力が入らない。
「ほうら、目を覚まして。お客様が見ているのよ」
マーメイの残酷な言葉はイルビアの胸を引き裂く。
「ああ……!」
さらに驚いたことに、閉じようにも閉じれない両脚のはざまに、しゃがみこんでいるのはドルディスだ。
「あ、な、なにをするの? ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
「お静かに、殿下。もうしばらく我慢してくださいよ。客の目をごまかすためです」
「な、何をするの? 無理よ、もう、私は無理よぉ。お願い、なんとかしてちょうだい。は、早く兵を連れてきて」
この期に及んでもなお下手な芝居をつづけようというドルディスのふてぶてしさにマーメイは内心あきれたが、それをまだどこかで信じているイルビアの幼稚さには、さすがのマーメイも憐憫の情がわきそうになった。
「さ、殿下、これを入れてあげますね」
ドルディスが得意げに手にしているのは、先ほどまでイルビアの体内で彼女を困惑させつづけた銀の鈴である。ドルディスがそれを高々とかざすと、客席から歓声がわく。
「さぁ、お客様、今からこのイルビア王女が、鈴を呑みます。近くでご覧になりたい方はどうぞ」
数人が挙手した。一定額以上の金を支払える客しか壇上にはあがれないことになっており、そのなかで、ゾハスが選んだ上客三人が舞台となる壇に近づいてくる。
ひとりは商人のイハウであり、もうひとりはサルドバ、最後のひとりは大臣であり、現在の国政を仕切る五人のうちのひとりバルバス卿という大物である。商人に軍人、政治家とならんだわけである。
イルビアは近づいてきた男たちの目にいっそう怯えた。死ぬほど辛い姿を見られてはいたが、それは舞台の向こうの有象無象の男たちであり、顔もよくわからぬ相手たちだったのがまだ救いだったのだ。それが、ここまで接近され、互いの目が見えるところまでそれぞれの顔が近づくと、羞恥のあまり気が狂いそうになる。
どこかから楽士たちの弾く軽やかな音楽がながれてくる。
(そうだわ、もうすぐ園遊会があるのだわ。お姉さまの婚約発表があるはず。ああ、ダンスの練習をしておかないと)
イルビアは庭園をさまよいながら、絹沓に守られた足でダンスのステップを踏む。
来年の春にはイルビアの婚約も発表されることになる。
(来年の春、私とサイラスは正式な婚約者となるのだわ)
イルビアは、もはや自分がサイラスの未来の妻となることを信じて疑わなかった。サイラスも今は遠慮しているが、侍女たちは、きっと内心では嬉しがっているにちがいないとイルビアにささやく。
(新しいドレスを用意しないと。それに合わせて似合う宝石も……。真珠がいいかしら? 紅玉がいいかしら?)
そんなことを思っていると、ふいに、晴れやかだった空が曇ってきた。
(雨かしら?)
空を仰いだイルビアは息を飲んだ。真っ暗だ。まるでいきなり夜になったように。だが、それは煙だった。
(まさか?)
宮殿が燃えているのだ。
(ああ! なにが起こったの? お父様、お父様はどこ? お母様、お姉さまがた、サイラス!)
イルビアは愛する者たちを呼びながら、庭園を走りつづけた。蝶が逃げ、花が散り、絹の沓もいつのまにか脱げてしまい、イルビアは裸足で走りつづけていた。
(あ、いやだ、私……)
イルビアは気づくと全裸で走っていた。
(ああ、どうしよう? こんな、こんな姿でお父様たちの前に出れないわ。侍女たちはどこ……?)
誰もいない。誰もイルビアを助けには来ない。途方にくれて暗黒の空のした、イルビアは己の身体を両手で抱きしめ立ち尽くしていた。
「あ……」
「お姫様、気がついたの? ほら、しゃんとして」
はたにはマーメイがおり、両手は板に縛りつけられたまま、脚も広げられたままのあられもない姿のままだ。イルビアは今の状況を理解し、全身を屈辱に燃やした。
「うう……」
身体にほんの少しでも力が入れば舌を噛み切って死んでしまっていたかもしれないが、イルビアの意思に反して五体は飴のようにとろけて、まったく力が入らない。
「ほうら、目を覚まして。お客様が見ているのよ」
マーメイの残酷な言葉はイルビアの胸を引き裂く。
「ああ……!」
さらに驚いたことに、閉じようにも閉じれない両脚のはざまに、しゃがみこんでいるのはドルディスだ。
「あ、な、なにをするの? ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
「お静かに、殿下。もうしばらく我慢してくださいよ。客の目をごまかすためです」
「な、何をするの? 無理よ、もう、私は無理よぉ。お願い、なんとかしてちょうだい。は、早く兵を連れてきて」
この期に及んでもなお下手な芝居をつづけようというドルディスのふてぶてしさにマーメイは内心あきれたが、それをまだどこかで信じているイルビアの幼稚さには、さすがのマーメイも憐憫の情がわきそうになった。
「さ、殿下、これを入れてあげますね」
ドルディスが得意げに手にしているのは、先ほどまでイルビアの体内で彼女を困惑させつづけた銀の鈴である。ドルディスがそれを高々とかざすと、客席から歓声がわく。
「さぁ、お客様、今からこのイルビア王女が、鈴を呑みます。近くでご覧になりたい方はどうぞ」
数人が挙手した。一定額以上の金を支払える客しか壇上にはあがれないことになっており、そのなかで、ゾハスが選んだ上客三人が舞台となる壇に近づいてくる。
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イルビアは近づいてきた男たちの目にいっそう怯えた。死ぬほど辛い姿を見られてはいたが、それは舞台の向こうの有象無象の男たちであり、顔もよくわからぬ相手たちだったのがまだ救いだったのだ。それが、ここまで接近され、互いの目が見えるところまでそれぞれの顔が近づくと、羞恥のあまり気が狂いそうになる。
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