76 / 84
淫獄の宴 一
しおりを挟む
一瞬、気を失ってしまったイルビアの脳裏に、七色の虹が見えた。虹は溶けると七色の鬱金香となり、そのうえを白や黄、黒の蝶々が飛んでいる。イルビアは祖国の王宮にいた。庭園にはイルビアの大好きなチューリップが研を競って咲き誇っている。
どこかから楽士たちの弾く軽やかな音楽がながれてくる。
(そうだわ、もうすぐ園遊会があるのだわ。お姉さまの婚約発表があるはず。ああ、ダンスの練習をしておかないと)
イルビアは庭園をさまよいながら、絹沓に守られた足でダンスのステップを踏む。
来年の春にはイルビアの婚約も発表されることになる。
(来年の春、私とサイラスは正式な婚約者となるのだわ)
イルビアは、もはや自分がサイラスの未来の妻となることを信じて疑わなかった。サイラスも今は遠慮しているが、侍女たちは、きっと内心では嬉しがっているにちがいないとイルビアにささやく。
(新しいドレスを用意しないと。それに合わせて似合う宝石も……。真珠がいいかしら? 紅玉がいいかしら?)
そんなことを思っていると、ふいに、晴れやかだった空が曇ってきた。
(雨かしら?)
空を仰いだイルビアは息を飲んだ。真っ暗だ。まるでいきなり夜になったように。だが、それは煙だった。
(まさか?)
宮殿が燃えているのだ。
(ああ! なにが起こったの? お父様、お父様はどこ? お母様、お姉さまがた、サイラス!)
イルビアは愛する者たちを呼びながら、庭園を走りつづけた。蝶が逃げ、花が散り、絹の沓もいつのまにか脱げてしまい、イルビアは裸足で走りつづけていた。
(あ、いやだ、私……)
イルビアは気づくと全裸で走っていた。
(ああ、どうしよう? こんな、こんな姿でお父様たちの前に出れないわ。侍女たちはどこ……?)
誰もいない。誰もイルビアを助けには来ない。途方にくれて暗黒の空のした、イルビアは己の身体を両手で抱きしめ立ち尽くしていた。
「あ……」
「お姫様、気がついたの? ほら、しゃんとして」
はたにはマーメイがおり、両手は板に縛りつけられたまま、脚も広げられたままのあられもない姿のままだ。イルビアは今の状況を理解し、全身を屈辱に燃やした。
「うう……」
身体にほんの少しでも力が入れば舌を噛み切って死んでしまっていたかもしれないが、イルビアの意思に反して五体は飴のようにとろけて、まったく力が入らない。
「ほうら、目を覚まして。お客様が見ているのよ」
マーメイの残酷な言葉はイルビアの胸を引き裂く。
「ああ……!」
さらに驚いたことに、閉じようにも閉じれない両脚のはざまに、しゃがみこんでいるのはドルディスだ。
「あ、な、なにをするの? ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
「お静かに、殿下。もうしばらく我慢してくださいよ。客の目をごまかすためです」
「な、何をするの? 無理よ、もう、私は無理よぉ。お願い、なんとかしてちょうだい。は、早く兵を連れてきて」
この期に及んでもなお下手な芝居をつづけようというドルディスのふてぶてしさにマーメイは内心あきれたが、それをまだどこかで信じているイルビアの幼稚さには、さすがのマーメイも憐憫の情がわきそうになった。
「さ、殿下、これを入れてあげますね」
ドルディスが得意げに手にしているのは、先ほどまでイルビアの体内で彼女を困惑させつづけた銀の鈴である。ドルディスがそれを高々とかざすと、客席から歓声がわく。
「さぁ、お客様、今からこのイルビア王女が、鈴を呑みます。近くでご覧になりたい方はどうぞ」
数人が挙手した。一定額以上の金を支払える客しか壇上にはあがれないことになっており、そのなかで、ゾハスが選んだ上客三人が舞台となる壇に近づいてくる。
ひとりは商人のイハウであり、もうひとりはサルドバ、最後のひとりは大臣であり、現在の国政を仕切る五人のうちのひとりバルバス卿という大物である。商人に軍人、政治家とならんだわけである。
イルビアは近づいてきた男たちの目にいっそう怯えた。死ぬほど辛い姿を見られてはいたが、それは舞台の向こうの有象無象の男たちであり、顔もよくわからぬ相手たちだったのがまだ救いだったのだ。それが、ここまで接近され、互いの目が見えるところまでそれぞれの顔が近づくと、羞恥のあまり気が狂いそうになる。
どこかから楽士たちの弾く軽やかな音楽がながれてくる。
(そうだわ、もうすぐ園遊会があるのだわ。お姉さまの婚約発表があるはず。ああ、ダンスの練習をしておかないと)
イルビアは庭園をさまよいながら、絹沓に守られた足でダンスのステップを踏む。
来年の春にはイルビアの婚約も発表されることになる。
(来年の春、私とサイラスは正式な婚約者となるのだわ)
イルビアは、もはや自分がサイラスの未来の妻となることを信じて疑わなかった。サイラスも今は遠慮しているが、侍女たちは、きっと内心では嬉しがっているにちがいないとイルビアにささやく。
(新しいドレスを用意しないと。それに合わせて似合う宝石も……。真珠がいいかしら? 紅玉がいいかしら?)
そんなことを思っていると、ふいに、晴れやかだった空が曇ってきた。
(雨かしら?)
空を仰いだイルビアは息を飲んだ。真っ暗だ。まるでいきなり夜になったように。だが、それは煙だった。
(まさか?)
宮殿が燃えているのだ。
(ああ! なにが起こったの? お父様、お父様はどこ? お母様、お姉さまがた、サイラス!)
イルビアは愛する者たちを呼びながら、庭園を走りつづけた。蝶が逃げ、花が散り、絹の沓もいつのまにか脱げてしまい、イルビアは裸足で走りつづけていた。
(あ、いやだ、私……)
イルビアは気づくと全裸で走っていた。
(ああ、どうしよう? こんな、こんな姿でお父様たちの前に出れないわ。侍女たちはどこ……?)
誰もいない。誰もイルビアを助けには来ない。途方にくれて暗黒の空のした、イルビアは己の身体を両手で抱きしめ立ち尽くしていた。
「あ……」
「お姫様、気がついたの? ほら、しゃんとして」
はたにはマーメイがおり、両手は板に縛りつけられたまま、脚も広げられたままのあられもない姿のままだ。イルビアは今の状況を理解し、全身を屈辱に燃やした。
「うう……」
身体にほんの少しでも力が入れば舌を噛み切って死んでしまっていたかもしれないが、イルビアの意思に反して五体は飴のようにとろけて、まったく力が入らない。
「ほうら、目を覚まして。お客様が見ているのよ」
マーメイの残酷な言葉はイルビアの胸を引き裂く。
「ああ……!」
さらに驚いたことに、閉じようにも閉じれない両脚のはざまに、しゃがみこんでいるのはドルディスだ。
「あ、な、なにをするの? ドルディス、やめて、やめてちょうだい!」
「お静かに、殿下。もうしばらく我慢してくださいよ。客の目をごまかすためです」
「な、何をするの? 無理よ、もう、私は無理よぉ。お願い、なんとかしてちょうだい。は、早く兵を連れてきて」
この期に及んでもなお下手な芝居をつづけようというドルディスのふてぶてしさにマーメイは内心あきれたが、それをまだどこかで信じているイルビアの幼稚さには、さすがのマーメイも憐憫の情がわきそうになった。
「さ、殿下、これを入れてあげますね」
ドルディスが得意げに手にしているのは、先ほどまでイルビアの体内で彼女を困惑させつづけた銀の鈴である。ドルディスがそれを高々とかざすと、客席から歓声がわく。
「さぁ、お客様、今からこのイルビア王女が、鈴を呑みます。近くでご覧になりたい方はどうぞ」
数人が挙手した。一定額以上の金を支払える客しか壇上にはあがれないことになっており、そのなかで、ゾハスが選んだ上客三人が舞台となる壇に近づいてくる。
ひとりは商人のイハウであり、もうひとりはサルドバ、最後のひとりは大臣であり、現在の国政を仕切る五人のうちのひとりバルバス卿という大物である。商人に軍人、政治家とならんだわけである。
イルビアは近づいてきた男たちの目にいっそう怯えた。死ぬほど辛い姿を見られてはいたが、それは舞台の向こうの有象無象の男たちであり、顔もよくわからぬ相手たちだったのがまだ救いだったのだ。それが、ここまで接近され、互いの目が見えるところまでそれぞれの顔が近づくと、羞恥のあまり気が狂いそうになる。
1
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる