サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―

文月 沙織

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満月と三日月 三

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「サイラスは、あなたを助けようと必死よ。実は、今日の宴であなたを救いに来ることになっているのよ」

「ほ、本当に?」
 イルビア王女の涙でよごれた顔が希望にかがやく。ドルディスからも似たような話を吹きこまれていたので、こういった状況でも救援はかならず来ると信じているのだ。

「だから……警備の男たちの目をごまかすためにも従順なふりをして。諦めて言うことを聞く態度を取るのよ」

「で……でも」

「少しの我慢よ。ここを乗り超えたら、この館から逃げられるのよ。恥ずかしくても悔しくても、死ぬ気でがんばるのよ」
 空々しくもマーメイは甘い毒を王女の耳に染みこませていく。

「ああ……、でも、でも」
 イルビアは困りきった顔をする。

「与えられた衣装はどんなものなのかしら? それをまとってみて。……大丈夫よ、逃げてしまえば、ここであなたを見た男たちとはもう会うこともないのよ。ほんの一瞬の辛抱よ。ねぇ、王女の衣装を持ってきてちょうだい!」

 最後の言葉は大声で廊下で待っている女に向かって言った。しばらくして女は、イルビア王女の衣装を持ってきて、ひろげてみせた。

「まぁ!」
 マーメイは思わず笑ってしまい、イルビアは真っ赤になった。

 紅い衣装は透けて見えるほどで、まとって立てば、ほとんど身体の線がまる見えである。一応、胸と腰には白い帯布をまくことになっているが、銀欄ぎんらんの縁取りをほどこしたそれは淫靡いんびな印象をあたえ、ひどく煽情的でいかにも娼婦の衣装めいてみえる。いっそ、上半身まるだしのライザの装いの方がまだマシかもしれない。

「さ、王女様、その布きれを取ってしまって、これをまといましょうね」
 マーメイは子どもをあやす乳母のような声を出し、無垢な乙女に娼婦の装いをいた。

「あ……、ああ! やめて」

「まあ」

 イルビアのさらけだされた乳白色にかがやく肌は見事なものだった。世間の泥や汚れに染まることなく、無垢で清純におかれた乙女の身体。これほど美しい少女の身体をマーメイは見たことがない。自分は勿論、ライザもリリも、この玉の肌には勝てないだろう。しなやかな動き、話術、閨房けいぼう術などの手練手管てれんてくだは努力でどうにか身に付けることはできるが、このしっとりとしてみずみずしく、それでいて見る者の目を引き寄せて離さない美肌は、生まれの良さからくる天性のものだ。得ようと思って得られるものではない。

(ああ、ぞくぞくするわ……)

 亡国の王女、物語にでてくるような貴種流離譚きしゅりゅうりたん薄幸はっこうの姫君を目にしているのだと思うと、マーメイは現実の世界で夢物語を見ているような、なんともわくわくした心持ちになってくる。それは、最初の日にサイラスを見たときにも感じたものだ。

 これから、この生まれ育ちもたぐいまれな絶世の美少女を泥水どろみずのなかへと突き落とし、辱しめ、屈辱に泣かせ、傷つけてやるのかと思うと興奮して仕方ない。

(そうよ、あの両首りょうしゅの道具で……)
 マーメイは想像してみた。女性同士をつがわせるときにつがう、両方に淫具の先が伸びた特別あつらえの道具で、この乙女とサイラスを人前でつがわせてやれば、どれほど痛快だろう。すでに二人とも〝みち〟をつけてあるから、苦痛は少ないだろう。むしろ、すでに快楽を味わえるまでには鍛えてあるはずだ。

(客たちのまえで、うんと感じさせてやるわ……)
 そのための薬も用意してある。

「さ、つらいけれど、ひとときのことよ。我慢して、その衣装をまといましょうね。すぐに、あなたの愛しい婚約者が助けに来てくれるわ」

 まさにマーメイは魔女神、女悪魔である。その女悪魔の甘言にたぶらかされて、イルビア王女はすすり泣きながら、己を侮辱するために作られたような衣装をまとった。
 





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