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亡国の王女 三

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 ダリクは息をのんで屋内をうかがってみた。
 かすかにだが横顔が見える。薄い白の衣をまとった肢体はひどく華奢で、物腰はさすがに優美で品があり、ここからでも雪のような白い肌が目を刺す。金髪は結い上げてあっても充分長くゆたかで肩のあたりで波打っている。 この国の、慣れない竪琴を相手に苦戦しているらしく、時折眉がしかめられるのも初々ういういしく好もしい。どこかまだ幼げなふうであっても、敗戦によって全てをなくした亡国の王女の痛ましさがつきまとって、それが彼女を大人びて見せていた。

 思えば、ほんの数ヶ月まえまでは、彼女は一国の王女として宮殿の奥で家族に愛され、大勢の召使にかしずかれ、文字どおり蝶よ花よとだいじにされていたのだ。それが敗戦によって母国を追われ、家族をうしない、婚約者ともども売りとばされ、今はこうして異国の娼館で慣れない技芸に勤めている。

 いや、それでも今はまだ幸せな方だ。もうしばらくすれば、金持ちの男に売られ、それこそ最悪の場合、今のサイラスがされているような仕打ちを受けることもあり得るのだ。この世には、落ちぶれたかつての王族貴族、良家の子女を、金でもてあそびたいという男がごまんといるのだから。

「相変わらず綺麗だな、イルビア王女は」
 ふっと溜息をつくようにドルディスが言う。

 頷きながらもダリクの胸にはある想いが熱くこみあげてきた。
(なんとか、助けてやる術はないのだろうか……)
 失われた祖国の王女に、たまらない憐憫の情がわいてきたのだ。

「なぁ、想像してみろよ、あの可憐な王女を裸にひんむいて、道具で遊んでみるのを。考えただけで涎が出るぞ」

 ドルディスの目が昼の光の下、獣欲にたぎって燃えているのを、ダリクはつくづく浅ましいと蔑んだ。だが、それを思うなら、ここ数日、サイラスに執着し、抵抗できない彼を凌辱しつづけている自分も似たようなものなのだ、ということに気づく。 

 銀紗の向こうの王女はドルディスとダリクの存在に気づいたようだ。かぼそい身体が紗をかきわけ、光のもとに現われた。

「誰なの? あ、ドルディス!」
 サイラスとおなじく碧の瞳が驚愕に張りつめている。驚きにまたたいた瞳は、だがすぐ怒りに燃えてきらめいた。

「お、おまえ、よくも、よくも!」

「おおっと!」

 ダリクは息を飲んでいた。イルビア王女は女の身で、ためらいもなく階段を下りてくると、外へ出て、ダリクにつかみかかったのだ。見た目に反して、そうとう気性の強い乙女である。

「おやおや、王女殿下はご機嫌が悪いようですな」

「お、おまえ、よくも、よくも、私とあの方を裏切ったわね! こ、この卑怯者! 裏切者!」

 気迫はすさまじいが、なんといってもか弱い女性の身だ。ドルディスは笑いながらその折れそうなほどに細い手を握りしめ、ほっそりとした腰を抱きよせるという無礼な真似をする。

「落ち着いてくださいよ、姫。あれには理由があったんですよ」

「よくも……」

 王女を力づくでおさえこんでしまうと、ドルディスは懐柔するようなやわらかい声で囁いた。
「あのときはああしないと、我々みんな殺されていたんですよ。あえて、あなた方を裏切ったふりをしたのは、作戦なんですって」
 まったくの嘘だろう。ダリクは声に出して言いたいのをこらえた。

「お、おだまり、下種! あ、あの方はどうしたのよ、まさか……」
 そこで気丈そうだったイルビア王女は目に涙を浮かべた。哀れなことに、この王女は本気でサイラスを愛しているらしい。

(そして、サイラスもまたこの王女を愛しているのだ……)

 幾度となく、王女のことを持ち出されたサイラスは、屈辱に泣きながらも、彼女を守るために酷い仕打ちを受け入れた。

 同じ金の髪と碧の瞳を持つこの二人は、よく見れば顔だちも高貴な血筋らしく気品にあふれ、どこか似通うものがある。
 自分とは生まれ育ちもまるでちがう二人。亡国の美貌の王女と将軍。悲劇の恋物語の登場人物のような二人に、ダリクは説明のつかない奇妙な寂しさを感じていた。

「ご安心ください。サイラス将軍はご無事ですよ。ある所でかくまわれています。そうだな、ダリク?」
 真実を王女に告げることはできず、ダリクはぶっきらぼうに、「ああ」とだけ答えた。

「ほ、本当に? サイラス様はご無事なのね?」

「信じてください。そのうちどうにかして姫のこともお助けしますよ。そして、サイラス様と会わせてさしあげますよ、このドルディスが」

 頭上に垂れこめていた雨雲が一瞬にして消えたように王女の顔が晴れやかになったのを、ダリクはなんとも言えない想いで見ていた。
 そんなイルビア王女の、地獄の底で救いの光を見たような、希望をとりもどしてさらに美しくかがやく顔を見下ろすドルディスの横顔は悪魔そのものだった。

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