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闇に願う 三
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「その……あんたの周りの人は、知っていたのか?」
こんなことを話している己を奇妙に思いつつも、ダリクは言葉をつむいでいた。サイラスはまた顔をうつむけ、呟くように言う。
「両親は……。二人とももう亡くなったが。あと、ごく身近な召使だけ。……だが、やはりドルディスのように気づいていた者もいたのだな……」
ドルディスの名をこぼした瞬間、一瞬、サイラスの目に憎悪と悲しみが弾けた。やがてそれが凝りかたまって、目から浮き上がってきた。ひとしずく、ふたしずく、頬に涙が伝う。ダリクは胸がもやもやしてくる。
「おまえといい、あの男といい、私はよくよく人に憎まれる定めらしいな」
それは、あんたのせいでマーリアが死んだからだ。あんたが、殺したようなものだからだ、と叫びたくなったが、ダリクはべつのことを訊ねた。
「……もう少し飲むか? また行ってもらってくるぞ」
サイラスは静かに首をふる。金の髪がゆれて薄闇に金粉が散るようだ。
「……私のことは、もういいんだ。地獄に落ちてしまったからにはもう救いがない。……けれど……イルビア姫のことは……彼女だけはなんとしてでも苦界から助けてやりたいのだ……」
それは無理だ、という言葉を、どうしてかダリクは言えず、代わりに気休めとは思いつつも、イルビア王女はまだ客をとっていないということを述べた。
「あんたも聞いたろう? 少なくとも今はまだ見習い期間中のようだ」
「だが……、やがては客を取らされるのだろう?」
「そりゃな。それでも、相手は王侯貴族が豪商らしい。なんといっても王女様だからな」
それがサイラスを慰めるかどうかは判らないが、ダリクは宥めるように言っていた。
「あのイハウのような男に買われるかもしれないではないか。……イルビア姫が、姫が、私がされたようなことをされるかと思うと、死んでも死にきれない!」
サイラスは興奮してきたのか、ますます頬を赤く染め、涙声で訴える。
「俺にどうしろと? 俺だって金で雇われたしがない用心棒兼、男娼の、つまりあんたの世話係なんだぞ?」
「……イルビア姫が無事かどうか見に行ってくれないか?」
「見たところでどうなるものでもないだろう?」
「生きているだけでも知りたいのだ。心配で気が狂いそうだ。たのむ!」
無言でいるダリクに焦れたようにサイラスは言いつのる。
「おまえ、私の世話係なのだろう? だったら私の命令を、いや、頼みを聞いてくれてもいいではないか?」
しぶしぶ頷いていたのは、サイラスに懇願されたせいよりも、ダリク自身もイルビア王女が今どうしているか気になってきたせいだ。
祖国にいたときはサイラス以上に遠い、雲の上の人だったが、あのときの少女が今どうなっているのか、言い方は悪いが好奇心がわいてきた。なにより、そこまでサイラスから想われる少女というのに興味を引かれてしまうのだ。
「わかった、わかった。様子を見てきてやるよ」
サイラスの顔が一瞬かがやいた。この館に来てから初めて見せる晴れ晴れとした表情である。
「あ、ありがとう……。感謝する」
そんな言葉も、初めて聞いた。ダリクはますます不思議な想いでサイラスを見ていた。
こんなことを話している己を奇妙に思いつつも、ダリクは言葉をつむいでいた。サイラスはまた顔をうつむけ、呟くように言う。
「両親は……。二人とももう亡くなったが。あと、ごく身近な召使だけ。……だが、やはりドルディスのように気づいていた者もいたのだな……」
ドルディスの名をこぼした瞬間、一瞬、サイラスの目に憎悪と悲しみが弾けた。やがてそれが凝りかたまって、目から浮き上がってきた。ひとしずく、ふたしずく、頬に涙が伝う。ダリクは胸がもやもやしてくる。
「おまえといい、あの男といい、私はよくよく人に憎まれる定めらしいな」
それは、あんたのせいでマーリアが死んだからだ。あんたが、殺したようなものだからだ、と叫びたくなったが、ダリクはべつのことを訊ねた。
「……もう少し飲むか? また行ってもらってくるぞ」
サイラスは静かに首をふる。金の髪がゆれて薄闇に金粉が散るようだ。
「……私のことは、もういいんだ。地獄に落ちてしまったからにはもう救いがない。……けれど……イルビア姫のことは……彼女だけはなんとしてでも苦界から助けてやりたいのだ……」
それは無理だ、という言葉を、どうしてかダリクは言えず、代わりに気休めとは思いつつも、イルビア王女はまだ客をとっていないということを述べた。
「あんたも聞いたろう? 少なくとも今はまだ見習い期間中のようだ」
「だが……、やがては客を取らされるのだろう?」
「そりゃな。それでも、相手は王侯貴族が豪商らしい。なんといっても王女様だからな」
それがサイラスを慰めるかどうかは判らないが、ダリクは宥めるように言っていた。
「あのイハウのような男に買われるかもしれないではないか。……イルビア姫が、姫が、私がされたようなことをされるかと思うと、死んでも死にきれない!」
サイラスは興奮してきたのか、ますます頬を赤く染め、涙声で訴える。
「俺にどうしろと? 俺だって金で雇われたしがない用心棒兼、男娼の、つまりあんたの世話係なんだぞ?」
「……イルビア姫が無事かどうか見に行ってくれないか?」
「見たところでどうなるものでもないだろう?」
「生きているだけでも知りたいのだ。心配で気が狂いそうだ。たのむ!」
無言でいるダリクに焦れたようにサイラスは言いつのる。
「おまえ、私の世話係なのだろう? だったら私の命令を、いや、頼みを聞いてくれてもいいではないか?」
しぶしぶ頷いていたのは、サイラスに懇願されたせいよりも、ダリク自身もイルビア王女が今どうしているか気になってきたせいだ。
祖国にいたときはサイラス以上に遠い、雲の上の人だったが、あのときの少女が今どうなっているのか、言い方は悪いが好奇心がわいてきた。なにより、そこまでサイラスから想われる少女というのに興味を引かれてしまうのだ。
「わかった、わかった。様子を見てきてやるよ」
サイラスの顔が一瞬かがやいた。この館に来てから初めて見せる晴れ晴れとした表情である。
「あ、ありがとう……。感謝する」
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