サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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狂宴の果て 三

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 座は静まりかえった。しばらくしても次の声はあがらない。
「お客様にお決まりですわ。お客様、こちらへどうぞ」
 マーメイに呼ばれて、男が立ち上がると、みごとな銀髪が肩からあふれる。
 周囲から囁き声がもれ、ラオシンを恐る恐る声の主に目をやり、驚愕した。
(そんな……)
 銀髪に青い目、屈強そうな体躯。
 そこにいたのは、一番会いたくない人物だ。誰かが低く、サルドバではないか、とささやく。その声の主は、くだんの将軍である。
(サルドバが……私を買う?)
 ラオシンの胸のなかですさまじい羞恥と困惑、そして怒りがうずまく。
(嘘だ……こんな、こんなことが起こるなんて……)
 サルドバに今のこの姿を、先ほどまでの浅ましい痴態をすべて見られていたという信じがたい屈辱にラオシンを嗚咽しそうになった。心も魂もこの瞬間に壊れて無くなってしまえばどれだけ楽か。
 だが、サルドバは召使らしき人影をあとにしたがえて、舞台となる中央へすすみでてくる。
 純白のマントをなびかせるサルドバと、彼に付きしたがう黒衣の従者の姿はひどく対照的だった。
「今宵より、この奴隷はあなた様のものでございます」
 サルドバの青い瞳に自分はどう映っているのだろう、と思うだけでもラオシンは全身に針を刺された気分で、がくがくと脚が震えてくる。
 一瞬、サルドバの青い目とラオシンの黒い目がかちあい、ラオシンは絶望に死にたくなった。
 間違いなくサルドバは男娼がラオシンだと気づいている。その目には哀れみが光っている。
 娼館へ遊びに来て、思いもよらず親友の哀れな姿を見て、救おうとしてくれたのだろうか。だが、こんな姿を見られてしまった今では、もう二度ともとの友人関係には戻れない。ラオシンは死ねない我が身を呪った
「さぁ、どうぞ」
 震えるラオシンの腕をひっぱりながら残酷に告げるマーメイに、サルドバは首を振る。
「いや、俺は代理人だ。買われるのはこちらのお方だ」
(え……?)
 背後にいた従者らしき男が黒布を頭から落とした。 
 ラオシンは、今度こそ本当に心臓が止まるのだと思った。女のように紅く塗られた唇が、震えながらその名をつむいだ。
「ア……アイジャル……陛下」

 そこにいたのはアイジャル=シャーディー。ラオシンのいとこであり、サファヴィアの王である。
(あ……ああ!)
 悪い夢を見ているのだと必死に自分に言い聞かせるラオシンの背後で、館の召使たちが右往左往しているが、それも気にする余裕はラオシンにはない。
(こんな姿、サルドバやアイジャルに見られるなんて……死んでしまいたい)
 ラオシンはうつむいて啜り泣いた。恥ずかしさのあまり消え入りたい気分だ。
 だが、そうやって身体をすくめて泣いているラオシンの儚げな風情は、いかにも凌辱を受けるまえの哀れな乙女のようで、ますます観客の心を燃やす。
「今宵の競りはこれにて終了でございますが、皆様、お客様のたってのご希望で、初床にいどこは皆様のまえでご披露されることになります。お急ぎでない方は、お付き合いください」
「うわぁ」
 ラオシンが何か言うより先に、背後に用意された長方形の黒檀の卓のうえにラオシンは押し倒されていた。
 ちょうど腰から上が卓にあおむけに寝かされる形で、上半身はのけぞるようになり、下半身は観客たちに丸見えにされてしまう。ラオシンは叫んでいた。
「い、いやだ、こんな!」
 さすがにこの状況は予想できず、ラオシンは悲鳴をあげたが、走り寄ってきたサーリィーやリリによって両手は玉綱でしっかりと卓の端に縛りつけられてしまい、布を巻かれた脚が宙をむなしく蹴りあげ客たちを喜ばせる。
「こ、こんなことは聞いていないぞ! やめろ、いやだ!」
 本気で嫌がるラオシンに見物人たちは興奮した。誰も室を去る者はなく、皆火花を散らすような熱い視線をラオシンと、縛られている彼のそばに立つ黒衣の男におくった。
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