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魔計 一
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オシン……、ラオシン様……
おぼろな意識のなかで、ラオシンは名前を呼ばれた気がした。しばし眠りと戦い、目をあける。あのまま失神していたようだ。
腕はひろげた形で以前のように玉綱でしばられ、その先は天井につなげられているが、足は自由だ。リリが身体を清めてくれたようで、身体はなんとなくさっぱりしている。首をふって意識を完全に覚醒させた瞬間、ラオシンは息を飲んだ。
「良かった、ラオシン様、目を覚まされたのですね」
なんとすぐそばで床に膝をついてラオシンを気遣わしげに見ているのは、彼の小姓アラムだった。
「ア、アラム、どうしてここに?」
咄嗟に先ほどまでの激しい痴態を思いだし、ラオシンは消え入りたい気持ちになったが、気づくと下肢にはあらたに清潔な白絹の布がまきつけてあり、また室には他に誰もいないことを確認して、かすかに安堵する。この忠実な小姓に自分のされたことを知られては生きてはいられない。
「お捜ししました、ラオシン様。いきなりラオシン様は墓参に出かけられ、しばらくは帰らないことになると遣いの者から聞かされ、どうしたことなのかとずっと案じておりました」
アラムの黒玻璃の目は涙で光っていた。
「ジャハンが最近よく宮外へ出ると聞いて、もしや何か知っているのではないかと跡をつけてきたのです。やはり、これはすべてジャハンが企んだことなのですね」
「あ…ああ」
絨毯のうえで腰をひねってから、ラオシンは絶句した。
(……なかに、なにかある?)
身体のなかに異物を感じた。
覚えのあるその感触は、蛇紋石の玉だ。先日、さんざん呑み込まされたものを、また体内にひとつ入れられているのだ。
「見張りの兵に賄賂をわたして、こっそり中へ入れてもらったのです。もうすぐ人が来るから、少しのあいだだけだと。ラオシン様、大丈夫ですか? お顔の色が悪うございます。まさかジャハンに拷問を?」
心配そうに訊くアラムに、ラオシンは顔を否定の意味に横にふった。
「だ、大丈夫だ。拷問は……、受けていない」
アラムが思っているような、肉体を痛めつける拷問はたしかに受けていない、と言っていいだろう。だが、外からは見えない部分と心に受けた仕打ちを思うと、ラオシンは悔しさで胸が破裂しそうになる。
「ラオシン様、これはやはり王太后が?」
「多分な」
そう言うあいだも体内の異物はラオシンの頬を上気させる。
「み、水を」
「はい」
壁際の卓上にある獅子の浮き彫りがほどこされた水晶の水差しを取って、アラムはラオシンにささげた。
夢中になって水差しから直接水を飲み、喉のかわきをいやす主を、アラムは彼の黒玻璃のような瞳をうるませて、痛ましげに見つめている。
「ラオシン様……痩せられましたね」
「……アラム、私がこの館にとらわれて今日で何日めだ?」
「たしか、九日めになります」
ラオシンは、どうにかして腕を自由にできないものかと努力してみるが、どうにもならない。
「……くっ。この玉綱を切るのは無理か?」
「賄賂をわたした兵に、剣を取られてしまいまして……。ですが、ラオシン様、今、ある人に頼んで、どうにかしてラオシン様をお助けする方法をさぐっております」
その言葉はラオシンにとって希望となった。
「ある人とは、誰だ?」
「万が一発覚したときのために、敢えて名は出せませんが、その人が今必死に人手をあつめております。満月の夜には決起できるはずです」
「た、たのむアラム、急いでくれ」
内部の玉を熱く感じはじめてラオシンは焦った。こうしている今も息があがりそうで、前が反応してしまいそうなのだ。片膝を立てどうにかアラムに気づかれないように気を配る。
「ラオシン様」
アラムが細い手でラオシンの手をつかむや、うやうやしく接吻する。忠誠をこめて。だが、そこから伝わる少年の熱情が、今のラオシンに奇妙な刺激をもたらし、いたたまれなくなってくる。
「かならず満月の夜にはお助けに参ります。どうか、それまでは御辛抱ください」
「わかった」
「……ああ、もう行かなければ」
アラムの黒い瞳は熱をひそめて潤んでいる。
「ラオシン様、どうか助けにくるまであきらめないでください」
「ああ、あきらめない……。信じて待っている」
「ラオシン様」
アラムがラオシンの胸に抱きついた。今のラオシンにはこれは負担だった。
(あ……駄目だ、動くと……)
それでもどうにかアラムがはなれ、賄賂をわたしたという兵がしずかに扉をあけて彼を呼んだ。
「おい、もう時間だ。マーメイ様たちが戻ってくるかもしれんぞ」
「はい。では、殿下」
「たのんだぞ、アラム」
アラムは目尻に涙をこぼしながら去っていき、室にはしばしラオシンだけが取り残された。
(満月の夜までだ……それまでなんとかして持ちこたえねば)
身体を灼く玉の感触に頬を染め、あらたな汗を五体に浮かべながら、ラオシンは必死に自分に誓った。
おぼろな意識のなかで、ラオシンは名前を呼ばれた気がした。しばし眠りと戦い、目をあける。あのまま失神していたようだ。
腕はひろげた形で以前のように玉綱でしばられ、その先は天井につなげられているが、足は自由だ。リリが身体を清めてくれたようで、身体はなんとなくさっぱりしている。首をふって意識を完全に覚醒させた瞬間、ラオシンは息を飲んだ。
「良かった、ラオシン様、目を覚まされたのですね」
なんとすぐそばで床に膝をついてラオシンを気遣わしげに見ているのは、彼の小姓アラムだった。
「ア、アラム、どうしてここに?」
咄嗟に先ほどまでの激しい痴態を思いだし、ラオシンは消え入りたい気持ちになったが、気づくと下肢にはあらたに清潔な白絹の布がまきつけてあり、また室には他に誰もいないことを確認して、かすかに安堵する。この忠実な小姓に自分のされたことを知られては生きてはいられない。
「お捜ししました、ラオシン様。いきなりラオシン様は墓参に出かけられ、しばらくは帰らないことになると遣いの者から聞かされ、どうしたことなのかとずっと案じておりました」
アラムの黒玻璃の目は涙で光っていた。
「ジャハンが最近よく宮外へ出ると聞いて、もしや何か知っているのではないかと跡をつけてきたのです。やはり、これはすべてジャハンが企んだことなのですね」
「あ…ああ」
絨毯のうえで腰をひねってから、ラオシンは絶句した。
(……なかに、なにかある?)
身体のなかに異物を感じた。
覚えのあるその感触は、蛇紋石の玉だ。先日、さんざん呑み込まされたものを、また体内にひとつ入れられているのだ。
「見張りの兵に賄賂をわたして、こっそり中へ入れてもらったのです。もうすぐ人が来るから、少しのあいだだけだと。ラオシン様、大丈夫ですか? お顔の色が悪うございます。まさかジャハンに拷問を?」
心配そうに訊くアラムに、ラオシンは顔を否定の意味に横にふった。
「だ、大丈夫だ。拷問は……、受けていない」
アラムが思っているような、肉体を痛めつける拷問はたしかに受けていない、と言っていいだろう。だが、外からは見えない部分と心に受けた仕打ちを思うと、ラオシンは悔しさで胸が破裂しそうになる。
「ラオシン様、これはやはり王太后が?」
「多分な」
そう言うあいだも体内の異物はラオシンの頬を上気させる。
「み、水を」
「はい」
壁際の卓上にある獅子の浮き彫りがほどこされた水晶の水差しを取って、アラムはラオシンにささげた。
夢中になって水差しから直接水を飲み、喉のかわきをいやす主を、アラムは彼の黒玻璃のような瞳をうるませて、痛ましげに見つめている。
「ラオシン様……痩せられましたね」
「……アラム、私がこの館にとらわれて今日で何日めだ?」
「たしか、九日めになります」
ラオシンは、どうにかして腕を自由にできないものかと努力してみるが、どうにもならない。
「……くっ。この玉綱を切るのは無理か?」
「賄賂をわたした兵に、剣を取られてしまいまして……。ですが、ラオシン様、今、ある人に頼んで、どうにかしてラオシン様をお助けする方法をさぐっております」
その言葉はラオシンにとって希望となった。
「ある人とは、誰だ?」
「万が一発覚したときのために、敢えて名は出せませんが、その人が今必死に人手をあつめております。満月の夜には決起できるはずです」
「た、たのむアラム、急いでくれ」
内部の玉を熱く感じはじめてラオシンは焦った。こうしている今も息があがりそうで、前が反応してしまいそうなのだ。片膝を立てどうにかアラムに気づかれないように気を配る。
「ラオシン様」
アラムが細い手でラオシンの手をつかむや、うやうやしく接吻する。忠誠をこめて。だが、そこから伝わる少年の熱情が、今のラオシンに奇妙な刺激をもたらし、いたたまれなくなってくる。
「かならず満月の夜にはお助けに参ります。どうか、それまでは御辛抱ください」
「わかった」
「……ああ、もう行かなければ」
アラムの黒い瞳は熱をひそめて潤んでいる。
「ラオシン様、どうか助けにくるまであきらめないでください」
「ああ、あきらめない……。信じて待っている」
「ラオシン様」
アラムがラオシンの胸に抱きついた。今のラオシンにはこれは負担だった。
(あ……駄目だ、動くと……)
それでもどうにかアラムがはなれ、賄賂をわたしたという兵がしずかに扉をあけて彼を呼んだ。
「おい、もう時間だ。マーメイ様たちが戻ってくるかもしれんぞ」
「はい。では、殿下」
「たのんだぞ、アラム」
アラムは目尻に涙をこぼしながら去っていき、室にはしばしラオシンだけが取り残された。
(満月の夜までだ……それまでなんとかして持ちこたえねば)
身体を灼く玉の感触に頬を染め、あらたな汗を五体に浮かべながら、ラオシンは必死に自分に誓った。
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