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野獣の群れ 二
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ラオシンは足もとにかがんでいたマーメイの頭を蹴りとばしていた。つねのラオシンなら女性の頭を蹴るなどぜったいに出来ないが、昨夜彼女から受けた恨みが彼の人格を変えていた。なによりマーメイは敵である。恨み骨髄にしみる仕打ちを受けた相手だ。女神もゆるしてくれるはず。
「なにをするのさ!」
「どけ!」
廊下にむかってラオシンは駆け出した。
だが、彼はもっと深く考えるべきだった。
虜囚の立場である彼を、なぜマーメイ一人で世話をしているのか。
そもそもこの状況は最初からおかしいのだ。武芸の鍛錬をつんだ若い男に女がひとり。その状況でたやすく鉄枷をはずすなどあり得ないのだ。
「ほう、さすが王子だけあって、なかなか根性があるな」
「な、なんだ」
廊下に出るまえにラオシンの足は止まった。
行く手をふさぐように背の高い屈強な大男が立ちはだかっている。しかも彼の後ろには用心棒らしき男たちが五人ほど控え、半裸の身体に革の武衣を身につけ、剣をラオシンに向けている。男たちはラオシンが浴場に入ったときから見張っていたようだ。
(は、はかられた?)
ラオシンは真っ青になって後退したが、出口はふさがれ、武器もなく、相手は六人。
「お、そっちへ回れ」
「は、はなせ!」
「大人しくしろ」
しばしそんな声が浴場に響いたが、やがてラオシンは二人の護衛に両腕をおさえこまれて敗残兵のようにマーメイと大男の前にひっぱって行かれた。
ラオシンは男をあらためて見上げて、息をのんだ。
ラオシンが今までに見たなかで一番逞しい戦士はサルドバだったが、目のまえの男はサルドバと劣ると勝らずすぐれた肉体を持っている。他の男たちとおなじくなめし革で褐色の裸の肌を守り、下は黒の二裾の衣姿で、腰には館のなかでも使いやすいためだろう、あまり大きくない小型の蛮刀を佩いている。齢はマーメイより上のようだが、三十にはなってないはず。刈り上げた黒髪はいっそう彼の男らしさを強調しており、光る双眼は野獣のように鋭く残酷そうだ。
「大丈夫かマーメイ?」
「ええ……。まったく、ひどいわ、殿下」
蹴られた頭をさすりながらマーメイが腹立たし気にラオシンを睨みつける。結っていた髪はくずれ、白薔薇も落ちてしまっている。
「逃げようとすることは予想していたのだろう?」
「ええ。ちょっと反応をさぐってみようと思ったの。まぁ、いいわ。これぐらい元気な方が。自害されるよりマシね……。ディリオス、これが例の〝殿下〟よ」
「ほう……」
見下ろされてラオシンは怯えた。
(この男は私が王子ラオシン=シャーディーだと知っているのだろうか?)
知っていてマーメイの悪だくみに関与しているのだろうか。知らないでいるなら、もしかしたら助けてくれるかもしれない。ラオシンはしばしどう出るか逡巡した。
「殿下、紹介しておくわ。こちらはディリオス。この館の用心棒頭で、わたしの仕事仲間。これからは殿下の調教も手伝ってもらうのよ」
「これが国王の従兄か」
ラオシンのもしかして、という淡い期待はその言葉で完全にくずれた。ディリオスはラオシンの身分も立場も知ったうえでマーメイの悪行に加担しているのだ。
「なるほど、たしかに美形だな」
「さわるな!」
顎をとられてラオシンは堪えきれずに叫んでいた。そばの護衛たちがいっそう力をこめて彼を抑えこもうとするが、その力に逆らって頭をあげた。言っても無駄だとわかってはいても、言わずにいられなかった。
「私は王子だぞ! ラオシン=シャーディーだ! ディリオスとやら、今すぐ私をここから出せ! 今出せば、罪には問わぬ、許してやる」
ディリオスは一瞬ぽかんとしてラオシンを見下ろし、それから天井をあおいで笑い出した。
「ワハハハハハ、これはたしかに手こずりそうだ」
「笑いごとじゃないわ、ディリオス。この王子様を仕込むのは一苦労になるかもよ」
ディリオスは笑いがおさまると面白そうにラオシンを見る。ラオシンの飴色がかった頬は青ざめたが、唇を噛みしめディオリスを睨みつけている。
「いい面がまえだ。安心しろ、マーメイ。俺も調教に協力しよう。となると、まずは逃げ出そうとしたお仕置きだな」
ディリオスの黒い双眼は獣欲にきらめいた。
「なにをするのさ!」
「どけ!」
廊下にむかってラオシンは駆け出した。
だが、彼はもっと深く考えるべきだった。
虜囚の立場である彼を、なぜマーメイ一人で世話をしているのか。
そもそもこの状況は最初からおかしいのだ。武芸の鍛錬をつんだ若い男に女がひとり。その状況でたやすく鉄枷をはずすなどあり得ないのだ。
「ほう、さすが王子だけあって、なかなか根性があるな」
「な、なんだ」
廊下に出るまえにラオシンの足は止まった。
行く手をふさぐように背の高い屈強な大男が立ちはだかっている。しかも彼の後ろには用心棒らしき男たちが五人ほど控え、半裸の身体に革の武衣を身につけ、剣をラオシンに向けている。男たちはラオシンが浴場に入ったときから見張っていたようだ。
(は、はかられた?)
ラオシンは真っ青になって後退したが、出口はふさがれ、武器もなく、相手は六人。
「お、そっちへ回れ」
「は、はなせ!」
「大人しくしろ」
しばしそんな声が浴場に響いたが、やがてラオシンは二人の護衛に両腕をおさえこまれて敗残兵のようにマーメイと大男の前にひっぱって行かれた。
ラオシンは男をあらためて見上げて、息をのんだ。
ラオシンが今までに見たなかで一番逞しい戦士はサルドバだったが、目のまえの男はサルドバと劣ると勝らずすぐれた肉体を持っている。他の男たちとおなじくなめし革で褐色の裸の肌を守り、下は黒の二裾の衣姿で、腰には館のなかでも使いやすいためだろう、あまり大きくない小型の蛮刀を佩いている。齢はマーメイより上のようだが、三十にはなってないはず。刈り上げた黒髪はいっそう彼の男らしさを強調しており、光る双眼は野獣のように鋭く残酷そうだ。
「大丈夫かマーメイ?」
「ええ……。まったく、ひどいわ、殿下」
蹴られた頭をさすりながらマーメイが腹立たし気にラオシンを睨みつける。結っていた髪はくずれ、白薔薇も落ちてしまっている。
「逃げようとすることは予想していたのだろう?」
「ええ。ちょっと反応をさぐってみようと思ったの。まぁ、いいわ。これぐらい元気な方が。自害されるよりマシね……。ディリオス、これが例の〝殿下〟よ」
「ほう……」
見下ろされてラオシンは怯えた。
(この男は私が王子ラオシン=シャーディーだと知っているのだろうか?)
知っていてマーメイの悪だくみに関与しているのだろうか。知らないでいるなら、もしかしたら助けてくれるかもしれない。ラオシンはしばしどう出るか逡巡した。
「殿下、紹介しておくわ。こちらはディリオス。この館の用心棒頭で、わたしの仕事仲間。これからは殿下の調教も手伝ってもらうのよ」
「これが国王の従兄か」
ラオシンのもしかして、という淡い期待はその言葉で完全にくずれた。ディリオスはラオシンの身分も立場も知ったうえでマーメイの悪行に加担しているのだ。
「なるほど、たしかに美形だな」
「さわるな!」
顎をとられてラオシンは堪えきれずに叫んでいた。そばの護衛たちがいっそう力をこめて彼を抑えこもうとするが、その力に逆らって頭をあげた。言っても無駄だとわかってはいても、言わずにいられなかった。
「私は王子だぞ! ラオシン=シャーディーだ! ディリオスとやら、今すぐ私をここから出せ! 今出せば、罪には問わぬ、許してやる」
ディリオスは一瞬ぽかんとしてラオシンを見下ろし、それから天井をあおいで笑い出した。
「ワハハハハハ、これはたしかに手こずりそうだ」
「笑いごとじゃないわ、ディリオス。この王子様を仕込むのは一苦労になるかもよ」
ディリオスは笑いがおさまると面白そうにラオシンを見る。ラオシンの飴色がかった頬は青ざめたが、唇を噛みしめディオリスを睨みつけている。
「いい面がまえだ。安心しろ、マーメイ。俺も調教に協力しよう。となると、まずは逃げ出そうとしたお仕置きだな」
ディリオスの黒い双眼は獣欲にきらめいた。
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