サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

文字の大きさ
1 / 65

儀式 一

しおりを挟む
「ラオシン様、そろそろご用意を」
 小姓に呼ばれてラオシン=シャーディーは弓を彼にあずけた。
「もう、そんな時刻か?」
「はい。すでに日がかたむきはじめております」
 小姓のアラムの言うように、つい先ほどまで明るかった空は、すでに水に墨を落としたように薄暗くなりはじめている。
「わかった。行くとするか」
 言いながら、やや背がこわばってきているのにラオシンは気づいた。
 今日、いや、今宵は彼にとって大事な日だった。
 初床はつどこの義の日なのである。
 それは王侯貴族の男子にとっての成人の儀式であり、はじめて異性と夜をともにする日となる。それをなして大人になり、一人前の男になったと認められるのだ。
 ラオシンは今年十九。早い者なら十三、十四でおこなうことを思うと、異例なほどに遅い。だが、これには理由がある。
「いよいよ今夜ですね」
 アラムが草地に膝をついて、ラオシンの腰の皮紐をほどき、武具をとりはずす。
「ああ」
 ラオシンはなるべく素っ気ない口調で言うが、淡い褐色の頬はほのかに赤らんでいたろう。天幕のしたでラオシンの鍛錬が終わるのを待っていた侍女や宦官たちが、花によりつく蝶や虫のようによってきては、ラオシンの着替えの手伝いをする。
 侍女がうっとりとした顔で、ラオシンのほどよく発達してうっすらと筋肉のはりつめた肩に浮かぶ汗粒をふくと、小柄な宦官が敬意をこめて丁寧に、彼の顎のあたりで切りそろえてある黒い巻き毛の先にしたる汗を拭きとる。べつの小姓は玻璃杯はりさかずきにくんだ清水をうやうやしくさしだす。ラオシンは杯をさも当然のように受けとりながら、いつになく緊張している自分に気づいた。
(いよいよ今夜、私は大人になる……男になるのだ)
 男女の営みとは、どういうものなのだろう。いつになく胸がときめく。
「お相手の方は、王太后陛下が選んだ侍女だそうでございます。御齢は十六。薔薇の蕾のような美少女だと後宮の女たちが申しておりました」
「そうか。伯母上がみずから選んでくださったのだな。それならば問題あるまい」
 伯母であり今上きんじょう陛下の生母である王太后が自分のために気を遣ってくれているのかと思うと、ラオシンはありがたくもあれば複雑な想いにもなる。
 なんといってもラオシンがこの齢まで成人の義を受けれなかったのは、王太后の思惑がからんでのことだった。
(陛下が成人の義をすまされるまえに、私が先に大人になるのは伯母上にとって面白くないのだろうな)
 サファヴィア帝国二十五代国王、アイジャル=シャーディーは今年十八。
 ラオシンよりひとつ年下ということになっているが、実際には二つしたになるのを、王太后がむりやり生まれ年を変えたのだ。年末まえの孔雀月くじゃくづき(十一月月)に生まれた王子を、二ヶ月後に年が変わると、すでに一歳としたのだ。
 すでに王弟に王子が生まれているのを過剰に意識してのことだ。しかも王弟の子である義理の甥はすこやかで見た目にもふっくらして元気いっぱいなのに、我が子である王太子は赤子のときから細く病弱で、とても成人するまで生きないのでは、と宮中で囁かれていたことを思うと、母親、いや王妃の心情としては無理もない。
 ラオシンも、今や王太后となった伯母の自分にたいする複雑な心情は理解できるつもりだ。だが病弱だった従弟アイジャルもなんとか無事成長し、半年まえに成人の義をすませた。今日、やっと自分が晴れて初床の義をむかえられるようになったことを単純に感謝した。
(これで私も心おきなく儀式をむかえられる。やっと一人前の男になれるのだ) 
 凛々しい美貌を暮れゆく天にむけて満足そうな微笑をこぼす主を、そばでひかえている小姓のアラムが寂しそうな顔をして見ていることに、ラオシンはまったく気づいていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...