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儀式 一
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「ラオシン様、そろそろご用意を」
小姓に呼ばれてラオシン=シャーディーは弓を彼にあずけた。
「もう、そんな時刻か?」
「はい。すでに日がかたむきはじめております」
小姓のアラムの言うように、つい先ほどまで明るかった空は、すでに水に墨を落としたように薄暗くなりはじめている。
「わかった。行くとするか」
言いながら、やや背がこわばってきているのにラオシンは気づいた。
今日、いや、今宵は彼にとって大事な日だった。
初床の義の日なのである。
それは王侯貴族の男子にとっての成人の儀式であり、はじめて異性と夜をともにする日となる。それをなして大人になり、一人前の男になったと認められるのだ。
ラオシンは今年十九。早い者なら十三、十四でおこなうことを思うと、異例なほどに遅い。だが、これには理由がある。
「いよいよ今夜ですね」
アラムが草地に膝をついて、ラオシンの腰の皮紐をほどき、武具をとりはずす。
「ああ」
ラオシンはなるべく素っ気ない口調で言うが、淡い褐色の頬はほのかに赤らんでいたろう。天幕のしたでラオシンの鍛錬が終わるのを待っていた侍女や宦官たちが、花によりつく蝶や虫のようによってきては、ラオシンの着替えの手伝いをする。
侍女がうっとりとした顔で、ラオシンのほどよく発達してうっすらと筋肉のはりつめた肩に浮かぶ汗粒をふくと、小柄な宦官が敬意をこめて丁寧に、彼の顎のあたりで切りそろえてある黒い巻き毛の先にしたる汗を拭きとる。べつの小姓は玻璃杯にくんだ清水をうやうやしくさしだす。ラオシンは杯をさも当然のように受けとりながら、いつになく緊張している自分に気づいた。
(いよいよ今夜、私は大人になる……男になるのだ)
男女の営みとは、どういうものなのだろう。いつになく胸がときめく。
「お相手の方は、王太后陛下が選んだ侍女だそうでございます。御齢は十六。薔薇の蕾のような美少女だと後宮の女たちが申しておりました」
「そうか。伯母上がみずから選んでくださったのだな。それならば問題あるまい」
伯母であり今上陛下の生母である王太后が自分のために気を遣ってくれているのかと思うと、ラオシンはありがたくもあれば複雑な想いにもなる。
なんといってもラオシンがこの齢まで成人の義を受けれなかったのは、王太后の思惑がからんでのことだった。
(陛下が成人の義をすまされるまえに、私が先に大人になるのは伯母上にとって面白くないのだろうな)
サファヴィア帝国二十五代国王、アイジャル=シャーディーは今年十八。
ラオシンよりひとつ年下ということになっているが、実際には二つしたになるのを、王太后がむりやり生まれ年を変えたのだ。年末まえの孔雀月(十一月月)に生まれた王子を、二ヶ月後に年が変わると、すでに一歳としたのだ。
すでに王弟に王子が生まれているのを過剰に意識してのことだ。しかも王弟の子である義理の甥はすこやかで見た目にもふっくらして元気いっぱいなのに、我が子である王太子は赤子のときから細く病弱で、とても成人するまで生きないのでは、と宮中で囁かれていたことを思うと、母親、いや王妃の心情としては無理もない。
ラオシンも、今や王太后となった伯母の自分にたいする複雑な心情は理解できるつもりだ。だが病弱だった従弟アイジャルもなんとか無事成長し、半年まえに成人の義をすませた。今日、やっと自分が晴れて初床の義をむかえられるようになったことを単純に感謝した。
(これで私も心おきなく儀式をむかえられる。やっと一人前の男になれるのだ)
凛々しい美貌を暮れゆく天にむけて満足そうな微笑をこぼす主を、そばでひかえている小姓のアラムが寂しそうな顔をして見ていることに、ラオシンはまったく気づいていなかった。
小姓に呼ばれてラオシン=シャーディーは弓を彼にあずけた。
「もう、そんな時刻か?」
「はい。すでに日がかたむきはじめております」
小姓のアラムの言うように、つい先ほどまで明るかった空は、すでに水に墨を落としたように薄暗くなりはじめている。
「わかった。行くとするか」
言いながら、やや背がこわばってきているのにラオシンは気づいた。
今日、いや、今宵は彼にとって大事な日だった。
初床の義の日なのである。
それは王侯貴族の男子にとっての成人の儀式であり、はじめて異性と夜をともにする日となる。それをなして大人になり、一人前の男になったと認められるのだ。
ラオシンは今年十九。早い者なら十三、十四でおこなうことを思うと、異例なほどに遅い。だが、これには理由がある。
「いよいよ今夜ですね」
アラムが草地に膝をついて、ラオシンの腰の皮紐をほどき、武具をとりはずす。
「ああ」
ラオシンはなるべく素っ気ない口調で言うが、淡い褐色の頬はほのかに赤らんでいたろう。天幕のしたでラオシンの鍛錬が終わるのを待っていた侍女や宦官たちが、花によりつく蝶や虫のようによってきては、ラオシンの着替えの手伝いをする。
侍女がうっとりとした顔で、ラオシンのほどよく発達してうっすらと筋肉のはりつめた肩に浮かぶ汗粒をふくと、小柄な宦官が敬意をこめて丁寧に、彼の顎のあたりで切りそろえてある黒い巻き毛の先にしたる汗を拭きとる。べつの小姓は玻璃杯にくんだ清水をうやうやしくさしだす。ラオシンは杯をさも当然のように受けとりながら、いつになく緊張している自分に気づいた。
(いよいよ今夜、私は大人になる……男になるのだ)
男女の営みとは、どういうものなのだろう。いつになく胸がときめく。
「お相手の方は、王太后陛下が選んだ侍女だそうでございます。御齢は十六。薔薇の蕾のような美少女だと後宮の女たちが申しておりました」
「そうか。伯母上がみずから選んでくださったのだな。それならば問題あるまい」
伯母であり今上陛下の生母である王太后が自分のために気を遣ってくれているのかと思うと、ラオシンはありがたくもあれば複雑な想いにもなる。
なんといってもラオシンがこの齢まで成人の義を受けれなかったのは、王太后の思惑がからんでのことだった。
(陛下が成人の義をすまされるまえに、私が先に大人になるのは伯母上にとって面白くないのだろうな)
サファヴィア帝国二十五代国王、アイジャル=シャーディーは今年十八。
ラオシンよりひとつ年下ということになっているが、実際には二つしたになるのを、王太后がむりやり生まれ年を変えたのだ。年末まえの孔雀月(十一月月)に生まれた王子を、二ヶ月後に年が変わると、すでに一歳としたのだ。
すでに王弟に王子が生まれているのを過剰に意識してのことだ。しかも王弟の子である義理の甥はすこやかで見た目にもふっくらして元気いっぱいなのに、我が子である王太子は赤子のときから細く病弱で、とても成人するまで生きないのでは、と宮中で囁かれていたことを思うと、母親、いや王妃の心情としては無理もない。
ラオシンも、今や王太后となった伯母の自分にたいする複雑な心情は理解できるつもりだ。だが病弱だった従弟アイジャルもなんとか無事成長し、半年まえに成人の義をすませた。今日、やっと自分が晴れて初床の義をむかえられるようになったことを単純に感謝した。
(これで私も心おきなく儀式をむかえられる。やっと一人前の男になれるのだ)
凛々しい美貌を暮れゆく天にむけて満足そうな微笑をこぼす主を、そばでひかえている小姓のアラムが寂しそうな顔をして見ていることに、ラオシンはまったく気づいていなかった。
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