燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 物音がして木戸がひらくと、そこに粗末な灰色の衣をまとった男が立っていた。外から入ってくる光を背に、リキィンナは彼がまだ少年なのだと思った。が、
(そうでもないわね。背が低いから子どものように思えたのだわ。貧民街の者にしては、顔立ちは悪くないわね。両親のどちらかが、良家の血筋なのかしら。でも……ちょっと肌が荒れているような)
 普段なら歯牙にもかけないような相手だが、何故か気になるのは、どことなくコリンナを思わせるからだろう。
「薬は売れたかい? ナ……、いやカニディア」
「ああ」
 ぶっきらぼうにカニディアと呼ばれた彼は答え、麻袋を床に投げ捨てるように置く。しぶしぶといったふうに懐から小さな包みらしきものを取り出し、サガナにわたした。売上げだろう。
「あら……」
 タルペイアが面白いものでも見るように彼を見た。彼女の視線を意識して、彼はなぜか顔に怒りをあらわす。
「ふうん……これが、新しい・・・カニディアなの」
「そうさ。次のカニディアさ」
「前の名は、ナルキッソスだったかしらね?」
 にんまりと笑いながらタルペイアが告げた名は、聞いたことがある。どこかですれ違っていたろうか。なんとなく似ている人間が思い浮かんでくるが、年齢が違う。リキィンナは記憶をさぐってみたが、今ははっきりとは思い出せない。 
 それより気になることに、彼の顔がひどくこわばった。顔立ちは整っている方だが、肌の色が良くない。さらに、どこか不均衡なものを感じて器量が落ちて見えるのを、内心リキィンナは残念に思った。
「今、薬草について教えこんでいるんだよ。頭は悪くないから、これから立派に次のカニディアになれるさ」
「それは……楽しみね」
 やっぱりタルペイアは甘くない、と思うのはこんなふうに含み笑いを見せているときだ。
(まぁ、それぐらいしたたかでないと、娼館の女将なんてものは勤まらないものなのでしょうけれどね)
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