350 / 360
二
しおりを挟む
「何が、だ?」
きつい日差しから守るようにフードをかけてやりながら、ディオメデスは腕のなかの男に訊き返す。
「家を捨てていいのか? あとで後悔しないか?」
ディオメデスは鼻で笑ってみせた。
「べつに。俺がいなくなっても後継者はわんさかいる」
「だが、おまえは嫡出で長男だ。本来なら家を継ぐ権利があるはずなのに。……エリニュス……マルキアももういないのだし。富や地位が惜しくはないのか?」
マルキアはあれから行方知れずだ。不思議なもので、彼女に夢中になっていたディオメデスの父は、憑き物が落ちたようにあっさりとマルキアのことを諦め、行方を捜そうともしない。思うに、マルキアは父に媚薬のたぐいでも盛っていたのではないかとディオメデスは推測した。彼女がいなくなり、そういった薬物を摂らされることがなくなったため、父は正気にかえったようだ。だが、さすがに父もディオメデスが家を出るといったときは複雑な顔を見せた。しかし、どうあってもディオメデスが決心を変えないことを悟ると、「好きにするといい」と、これもあっさり匙を投げた。
ディオメデスと父との関係は、まったく情愛がないわけではないが、しごく淡泊なものなのだ。だからこそ、リィウスの「家に未練はないのか?」という問いに迷うことなく返した。
「まったくない」
あっさりと答えてやると、リィウスは振り向いてきつい目を向けてきた。
「私の為だというのなら、ご免だぞ」
「誰が。俺の為だ。俺自身が決めて、田舎でのどかな生活を楽しみたいのだ。できたての葡萄酒を味わえるしな。ローマには飽きた」
ディオメデスがローマに見切りをつけたのには、別に理由もある。
ローマの上流社会では、すでにあの夜のことが噂になっている。リィウスが男娼に堕ちたことも知れわたっており、この街にはもはや住むことはできないと実感したのだ。住ませるわけにはいかない。
今も平静を装っていはいるが、誇りたかいリィウスが、あの異常なまでの凌辱に傷ついていないわけがないはず。男たちの卑しい好奇と欲望の目にこれ以上リィウスを晒したくはない。
一方、リィウスが傷ついていてもローマを立ち去りがたそうにしているのは、やはりナルキッソスのことが気になるからのようだ。こうして馬に揺られていても、行き交う人々のなかにナルキッソスを捜しもとめていることが察せられる。
きつい日差しから守るようにフードをかけてやりながら、ディオメデスは腕のなかの男に訊き返す。
「家を捨てていいのか? あとで後悔しないか?」
ディオメデスは鼻で笑ってみせた。
「べつに。俺がいなくなっても後継者はわんさかいる」
「だが、おまえは嫡出で長男だ。本来なら家を継ぐ権利があるはずなのに。……エリニュス……マルキアももういないのだし。富や地位が惜しくはないのか?」
マルキアはあれから行方知れずだ。不思議なもので、彼女に夢中になっていたディオメデスの父は、憑き物が落ちたようにあっさりとマルキアのことを諦め、行方を捜そうともしない。思うに、マルキアは父に媚薬のたぐいでも盛っていたのではないかとディオメデスは推測した。彼女がいなくなり、そういった薬物を摂らされることがなくなったため、父は正気にかえったようだ。だが、さすがに父もディオメデスが家を出るといったときは複雑な顔を見せた。しかし、どうあってもディオメデスが決心を変えないことを悟ると、「好きにするといい」と、これもあっさり匙を投げた。
ディオメデスと父との関係は、まったく情愛がないわけではないが、しごく淡泊なものなのだ。だからこそ、リィウスの「家に未練はないのか?」という問いに迷うことなく返した。
「まったくない」
あっさりと答えてやると、リィウスは振り向いてきつい目を向けてきた。
「私の為だというのなら、ご免だぞ」
「誰が。俺の為だ。俺自身が決めて、田舎でのどかな生活を楽しみたいのだ。できたての葡萄酒を味わえるしな。ローマには飽きた」
ディオメデスがローマに見切りをつけたのには、別に理由もある。
ローマの上流社会では、すでにあの夜のことが噂になっている。リィウスが男娼に堕ちたことも知れわたっており、この街にはもはや住むことはできないと実感したのだ。住ませるわけにはいかない。
今も平静を装っていはいるが、誇りたかいリィウスが、あの異常なまでの凌辱に傷ついていないわけがないはず。男たちの卑しい好奇と欲望の目にこれ以上リィウスを晒したくはない。
一方、リィウスが傷ついていてもローマを立ち去りがたそうにしているのは、やはりナルキッソスのことが気になるからのようだ。こうして馬に揺られていても、行き交う人々のなかにナルキッソスを捜しもとめていることが察せられる。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる