燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「何が、だ?」
 きつい日差しから守るようにフードをかけてやりながら、ディオメデスは腕のなかの男に訊き返す。
「家を捨てていいのか? あとで後悔しないか?」
 ディオメデスは鼻で笑ってみせた。
「べつに。俺がいなくなっても後継者はわんさかいる」
「だが、おまえは嫡出で長男だ。本来なら家を継ぐ権利があるはずなのに。……エリニュス……マルキアももういないのだし。富や地位が惜しくはないのか?」
 マルキアはあれから行方知れずだ。不思議なもので、彼女に夢中になっていたディオメデスの父は、憑き物が落ちたようにあっさりとマルキアのことを諦め、行方ゆくえを捜そうともしない。思うに、マルキアは父に媚薬のたぐいでも盛っていたのではないかとディオメデスは推測した。彼女がいなくなり、そういった薬物を摂らされることがなくなったため、父は正気にかえったようだ。だが、さすがに父もディオメデスが家を出るといったときは複雑な顔を見せた。しかし、どうあってもディオメデスが決心を変えないことを悟ると、「好きにするといい」と、これもあっさり匙を投げた。
 ディオメデスと父との関係は、まったく情愛がないわけではないが、しごく淡泊なものなのだ。だからこそ、リィウスの「家に未練はないのか?」という問いに迷うことなく返した。
「まったくない」
 あっさりと答えてやると、リィウスは振り向いてきつい目を向けてきた。
「私の為だというのなら、ご免だぞ」
「誰が。俺の為だ。俺自身が決めて、田舎でのどかな生活を楽しみたいのだ。できたての葡萄酒を味わえるしな。ローマには飽きた」
 ディオメデスがローマに見切りをつけたのには、別に理由もある。
 ローマの上流社会では、すでにあの夜のことが噂になっている。リィウスが男娼に堕ちたことも知れわたっており、この街にはもはや住むことはできないと実感したのだ。住ませるわけにはいかない。
 今も平静を装っていはいるが、誇りたかいリィウスが、あの異常なまでの凌辱に傷ついていないわけがないはず。男たちの卑しい好奇と欲望の目にこれ以上リィウスを晒したくはない。
 一方、リィウスが傷ついていてもローマを立ち去りがたそうにしているのは、やはりナルキッソスのことが気になるからのようだ。こうして馬に揺られていても、行き交う人々のなかにナルキッソスを捜しもとめていることが察せられる。
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