345 / 360
四
しおりを挟む
嫌だ、という権利などない身の上であることは解かっているが、黙っていることもできず、リィウスは訊ねた。
「私の意向は訊かないのか」
「訊く気はない」
ディオメデスはあっさり言う。傲慢そのものだ。多少、情のある素振りを見せてはみても、やはりディオメデスは変わらない。
内心、溜息を吐きそうになりながらも、リィウスはそれ以上は反論しなかった。
すでに弟はいない。命に代えても守ろうとした彼を失った今、家名もなにがなんでも守らねば、と思うほどに大切なものには、もはや思えなくなっていた。
一夜あけて、リィウスは本当に世の中が変わった気がしてきた。厳密にいえば、世間を見る自分の目が変わってしまったのだ。
ぽっかりと胸に穴が開いた気分だ。胸のなかにぎっしりと詰まっていたものが粉々にくだけて消えて、空洞になったそこに乾いた風が吹きこんでくる。空しく侘しい。
だが、それは今のリィウスにとっては奇妙な救いだった。ここしばらく散々味わった屈辱は、当然リィウスの心を傷つけ蝕んでいた。ぽっかりと心に穴が開いたおかげで、そのことを考えこんで苦しむ時間が少なくていられるのだ。
驚愕と身の転変に、感情がやや鈍化しているのかもしれない。それは、今のリィウスにとっては神の恩寵だった。時がたてば、やはり凌辱の痛みに、苦しみ慄くようになるだろうが、今はすこし精神に余裕がある。リィウスは諦めたように、背後のディオメデスの熱にかすかに身をゆだねた。
「良かったわ、無事に帰ってきてくれて」
とりあえず、二人を見てタルペイアは安堵の顔を見せた。
言ってやりたいことはある。訊きたいこともある。だが、今はディオメデスは止めておいた。彼女の機嫌をすこしでも良くして交渉をうまくすすめたい。
「おまえも無事で何よりだ」
リィウスは今は別室で休ませており、ディオメデスは奥室で彼女と対峙していた。
「本当に……。ウリュクセスはどうなったかのしら?」
さあな……、と素っ気なく答えておいた。この女はマルキアとも通じているのだ。少なくとも、接触はしている。どれほど深い関係かは知らないが、油断はできない。
「ねぇ……皇帝が亡くなったという噂は本当なのかしら?」
「誰から聞いたのだ?」
ディオメデスは本当に驚いた。すでに噂になっているという。
「私の意向は訊かないのか」
「訊く気はない」
ディオメデスはあっさり言う。傲慢そのものだ。多少、情のある素振りを見せてはみても、やはりディオメデスは変わらない。
内心、溜息を吐きそうになりながらも、リィウスはそれ以上は反論しなかった。
すでに弟はいない。命に代えても守ろうとした彼を失った今、家名もなにがなんでも守らねば、と思うほどに大切なものには、もはや思えなくなっていた。
一夜あけて、リィウスは本当に世の中が変わった気がしてきた。厳密にいえば、世間を見る自分の目が変わってしまったのだ。
ぽっかりと胸に穴が開いた気分だ。胸のなかにぎっしりと詰まっていたものが粉々にくだけて消えて、空洞になったそこに乾いた風が吹きこんでくる。空しく侘しい。
だが、それは今のリィウスにとっては奇妙な救いだった。ここしばらく散々味わった屈辱は、当然リィウスの心を傷つけ蝕んでいた。ぽっかりと心に穴が開いたおかげで、そのことを考えこんで苦しむ時間が少なくていられるのだ。
驚愕と身の転変に、感情がやや鈍化しているのかもしれない。それは、今のリィウスにとっては神の恩寵だった。時がたてば、やはり凌辱の痛みに、苦しみ慄くようになるだろうが、今はすこし精神に余裕がある。リィウスは諦めたように、背後のディオメデスの熱にかすかに身をゆだねた。
「良かったわ、無事に帰ってきてくれて」
とりあえず、二人を見てタルペイアは安堵の顔を見せた。
言ってやりたいことはある。訊きたいこともある。だが、今はディオメデスは止めておいた。彼女の機嫌をすこしでも良くして交渉をうまくすすめたい。
「おまえも無事で何よりだ」
リィウスは今は別室で休ませており、ディオメデスは奥室で彼女と対峙していた。
「本当に……。ウリュクセスはどうなったかのしら?」
さあな……、と素っ気なく答えておいた。この女はマルキアとも通じているのだ。少なくとも、接触はしている。どれほど深い関係かは知らないが、油断はできない。
「ねぇ……皇帝が亡くなったという噂は本当なのかしら?」
「誰から聞いたのだ?」
ディオメデスは本当に驚いた。すでに噂になっているという。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる