燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「そんなことをしたところで、無駄なのにな……」
 ディオメデスはほろ苦く笑った。
(無駄ではない。皇帝が死ねば今の世界は壊れる)
(壊れるものか。どのみち、新しい皇帝が帝位を継ぎ、おなじことが繰り返される。おまえの憎んだ世界は延々とつづくだけだ)
(いや、新しい皇帝は世界を変えてくれる。世の中は変わるのだ。今の世のような理不尽や不公平や残酷な習慣や法律は、きっとなくなる。……完全になくなることはなくとも、ましにはなるはずだ。きっと、次期皇帝が、それを成し遂げてくれる。次は、新皇帝カリギュラの時代だ)
 馬鹿だな……と、ディオメデスはつくづく思った。
 たしかに今上が亡くなれば、次にあとをおそうのは又甥になるカリギュラだろう。もともと今上はローマの基礎固めをしたアウグストゥスの義理の息子であり、初代カエサルの血統ではなく、そのことに一部からは反感もあったのだ。それに反してカリギュラはアウグストゥス、およびカエサルの血筋である。民の声望は否応なしに英雄の血を持つカリギュラに向かう。
 くわえて皇帝の息子たちは若くして亡くなっており、後継者は絶えていない。そのことも皇帝が世捨て人のように離島に隠遁いんとんした原因のひとつだと言われている。
 だが、若いカリギュラになにができるものか。どうせ元老院に牛耳られるお飾りになるに過ぎない。なによりも……。ディオメデスは心の内でつぶやいた。
(カリギュラだとて、今の皇帝とどれほど違うというのだ。近親相姦と肉親殺しをつづけている狂気をふくんだ青い血の一族の男だというのに)
 皇帝の継承者であるカリギュラを、ディオメデスはアウルスのように買ってはいない。むしろ若い分、今の皇帝よりはるかに危ういものを感じる。
 だが、アウルスは信じ切っていた。皇帝が死ねば、世は変わるのだと。
 そして、アウルスは去っていった。二度とローマには戻らないと言いのこして。
 ディオメデスもまたひとつの決断をしていた。
「取りあえずは柘榴荘に帰るが、身の回りの整理をしておけ」
「え……?」
 リィウスは驚いてばかりだ。動揺をかくせず、思わず後ろを振り向くと、ディオメデスが苦笑する。
「俺の財産をすべてはたいて、おまえを買った……、身請けする。亡母ののこしてくれた遺産もすべて使い、親戚にも頼んで金を都合してもらって、なんとかタルペイアを納得させるだけのものは用意した」
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