燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
上 下
339 / 360

しおりを挟む
 思えば、いつだって、それどころではない人生を送ってきた。
 母は死ぬまえに、自分が亡きあとは神殿に戻るようにと言い残したが、とてもあそこへ戻る気などない。第一、自分勝手な理由で連れ出しておいて、用が済んだら戻れなど、あまりに勝手だ。母への反発もあって、意地でもその場にとどまることにした。
 それからは歳月とともに日に日に顕著になっていく肉体の変化をかくすべく、化粧品や肌に良いという薬をもとめ、最近では気の狂うような焦燥感をごまかすために麻薬や酒や性の快楽に溺れるようになった。それらはいっときはたしかに逃げ場所にはなったが、やがてはさらにはげしい焦燥や恐怖をもたらす結果になった。そんな生活に、さすがにナルキッソスも疲れてきた。
(俺もそろそろ終わりかな)
 そんなしおれた考えに支配されてしまうのは、もう、毎日鏡を見て怯える生活に飽き飽きしてきたせいかもしれない。もしくは、リィウスに永遠の別れを告げたせいかもしれない。
 あのおぞましい永訣えいけつの儀式を終えた今、この世に未練はなくなった。逆に、そうしなければ、いつまでも見苦しい生にしがみついていたかもしれない。
 心のどこかで、すべてに区切りをつけたくて、徹底的にリィウスに嫌われことを敢えてしたのかもしれない。リィウスは彼にとって決してはずせない黄金のくびきだった。リィウスがいるかぎり、ナルキッソスはどこにも行けない。だからこそ幻の兄弟としての絆をこっぱみじんに壊したかった。いや、壊さなければならなかったのだ。
(そうだ。これで良かったのだ。……というより、こうするしかなかったのだ)
 焦げ臭いにおいはさらに強くなる。煙が廊下にまで流れてくる。息苦しく、辛い。ここから逃げ出してとしても、また何かに追われる人生が続くのかと思うと、ナルキッソスのなかで答えが出た。
(もう、いいか)
 息を切らして汗みずくになっている醜い男がすぐ背後にいる。
(こいつも道連れにしてやろうか……)
 憎しみや怒りよりも、いっそ同類めいた哀れみの気持ちでそんなことを思っていた。
 ナルキッソスは懐にかくし持っていた短剣に手をのばした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...