燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 許せない女ではあるが、リィウスは一抹の哀れみにも似た感慨を胸に抱いてしまう。だが、そんなリィウスの複雑そうな表情をどう取ったのか、女はかすかに首を振ると、さらに厳しい言葉を朱唇から吐き出した。
「ふん、そんな昔のことはどうでもいいわ。さぁ、これを取り付けてやるわ。二人ともこっちへ来なさい!」
 リィウスもトュラクスも動かなかった。エリニュスの顔に険が走る。
「トュラクス、こっちへ来るのよ!」
 トュラクスは黒い目にただ蔑みを込めて女を睨みかえす。どれほど不利な状況でも彼は闘志を捨てない男なのだ。けれどリィウスは、つぎにエリニュスが告げる言葉を哀しく予想した。
「私の言いつけが聞けないのなら、代わりにミュラにこれを付けることになるのよ」
 やはり女はトュラクスのアキレスの踵を持ち出す。ミュラという恋人を人質にとられているかぎり、トュラクスはどうあってもこの狂女の手から逃げられないのだ。
 不吉な漆黒のなめし革を垂らしたその象牙の凶器は、かすかに窓から差し込んでくる光をはじいて、不気味に飴色あめいろがかって見える。おぞましさにリィウスは唇を噛みしめた。
 トュラクスは軽く舌打ちの音を響かせ、足を進めた。手負いの獅子のように痛ましく勇敢に。
 エリニュスが満足そうに笑う。
「そうよ。それでいいのよ。ほら、怖くはないでしょう、初心者のおまえが楽しめるように、なるべく小さめの物にしてやったのよ。優しいでしょう、私は?」
 唾棄したくなるような言葉をつらねる女のまえに、かつての闘技場の王者は、降参した。だが、目には相変わらず不屈の炎が揺れていることにリィウスは気づいた。
「さ、背を向けて、お尻を突き出すようにしてごらん。いい子にしたら、ちゃんと優しくしてやるわ」
 エリニュスが人の神経を嬲るようなことを言っていると、足音が響いてきて、一瞬、地下牢に光が差した。
「おやおや、これはまた面白いことをやっていたんだね」
 揶揄るような声とともに下りてきたのはウリュクセスだ。背後にはリィウスの見知らぬ男がいるが、身なりからして奴隷ではなさそうだ。ウリュクセスの召使というふうにも見えないのは、纏っている生成きなり色の衣がそこそこ良い物のようだからだ。
「あら、ちょうどいいところに来たわね、ウリュクセス。明日の宴に備えて、練習をさせようと思っていたのよ」
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