燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 エリニュスは声をあげて笑った。甲高い笑い声は、その場にいる全員の神経をひっかく。リィウスの腕を取っている男ですら眉をひそめた。
「ええ、そうでしょうね。私は、私たちは狂っているのよ。おまえもじきそうなるわ」
 本当に自分も狂ってしまいそうで、リィウスは恐ろしくなる。いや、いっそ、狂えた方がこの色地獄を生きるには楽かもしれない。そんな誘惑が頭に忍びこむ。
 いっそ、狂えたら。もう、いっそ狂うほどに責めてほしい……と。
(いや、駄目だ! それは駄目だ!)
 リィウスはやはりリィウスでありたい。狂ったあとも生き恥さらしつづけるのなら、リィウスであるうちに死にたい。
(どのみち……、狂うか死ぬかしなければ、私は逃れられないのだろうか)
 じわり、と涙が滲む。
「まぁ、泣くほどお馬乗りは嫌なの?」
 エリニュスがわざとらしく驚いた顔を見せた。
「い、嫌だ。あ、あんなことはもう嫌だ」
 気弱な顔を見せたくはないが、心のどこかでエリニュスが止めてくれれば、と淡く期待する心が、リィウスのうちになくもない。稀代の毒婦のような女にも、一片の哀れみがあることを期待してしまったのだ。
「まぁ、しょうがないわね。じゃ、これは止めてあげるわ」
 エリニュスは兵から受けとった淫らな道具を名残惜しそうに一瞥し、彼に返す。
 リィウスは安堵のあまり息を吐いた。が、
「仕方ないわ。代わりに、例のものを持っておいで」
 エリニュスの言葉に、背筋がこわばった。女は、止めたのではなかった。
「な、なにを……」
 床に座り込んでいるトュラクスは二人のやりとりを無言で見ている。その顔には諦めと、それでいて不屈の闘志のようなものが滲み出ており、エリニュスの眉をひそめさせた。彼女はトュラクスを見下ろし、毒づく。
「ふん。そうやって強がっていられるのも今のうちよ。あれで遊んでみたら、いくらおまえだって泣き面を見せるわよ」
 リィウスは何をされるかは判らないものの、エリニュスの言葉にひどく恐ろしいものを感じて震えた。このおぞましい魔女は、自分たちにいったい何をする気なのだろう。
「エリニュス様、お持ちしました」
 私兵の一人が、女神に供物くもつをそなえる神官のように、うやうやしく真紅の天鵞絨ビロードをはった盆を捧げる。
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