燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「あんたはそういった過激な経験をごくごく若いうちにしてしまったせいで、嗜好しこうや性癖が変わってしまったのね。まぁ、お客にもよくいるわ」
「なんなのよ、私の性癖とかって?」
 タルペイアは苦笑した。
「自分で気づいていないの? あんた、わざと私を怒らせるようなことして、激しく責めてもらいたがっているでしょう?」
 タルペイアが店の娼婦を〝あんた〟と呼ぶときは、相手を商品ではなく朋輩として扱っているときだ。
「え……、それは」
 サラミスの顔に困惑が浮かぶ。自覚はなかったのだろうが、タルペイアに指摘され、思い当たったようだ。
「好きなんでしょう? 激しく、きつく責められて、虐められるのが?」
 タルペイアのサンダルの先が、サラミスの足をつつく。
「好きっていうわけじゃないけれど……」
「今更、何言っているのよ。あんたが好きだから、そうして欲しがっているから、私は望みどおりのことをしてやっているんじゃないのよ。まわりからは恐ろしい女だと思われてもね。ね、リィウスも私をそう思っているのでしょう? ギリシャの伝説のゴーゴン姉妹のメドューサのようにね」
 言われてリィウスは答えに窮した。実際、そう思っていたのだ。
「ふふふふふ。そう思われても仕方ないわ。そう思われることを承知でやっているんだもの。でもね、私がそうするのは、それを望む客たちが多いからよ」 
 夜を秘めた黒瞳こくとうが爛とかがやく。今宵のローマの夜は、この女の瞳から出てきたのではないかとさえリィウスは疑った。
「私が残酷で冷酷無比な夜の女王であることを望む客、私に虐めらることを望む客、手酷くあつかってもらうことを実は望んでいる娼婦たち。そんな連中の望みを叶えるために私は妖女の真似をしているのよ」
「……真似だけではないと思うが」
 言わずにいられず口に出してしまうと、タルペイアは笑った。
「そうよ。たしかに私自身も楽しんで魔女の役をやっているわ。私はそういう女なのでね。でもね、私に虐められることで悦びを得る客もいれば、私に鞭打たれることで、いっそう美しく見える娼婦もいるのよ。そんな光景を望む男たちもいるわ。私はそんな連中に、娼館柘榴荘の女主として奉仕しているのよ。それが私の仕事であり、使命でもあるのよ」
「……私には、良くわからないな」
 リィウスは目線を馬車の床に落とした。きわめてまっとうな神経を持っているリィウスには、タルペイアの言うような人間の心理は理解できない。
「まぁ、そうでしょうね。いいわ、解らなくても。でも、ひとつ言わせもらうなら、これから行く場所には、あんたの理解できない人種が大勢集まっているのよ。覚悟はしておいてね」
 タルペイアの目は笑っていなかった。
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