燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 最後の一言を、囁くようにコリンナが言った。
 一瞬、リィウスは目を見張っていたが、すぐ平静になって、首を横に振る。コリンナがそんなことを言うとは意外だ。娼館での暮らしを受け入れていたと思っていたが、やはり辛いのだろう。
「契約を交わしておいて、逃げだすことなどできない」
 いくら落ちぶれてもリィウスはリィウス=トゥリアス=プリスクスであることを止めることはできない。それ以外の者になる日がくるのは、死んで次の世界へ行ったときだろう。
 コリンナの翡翠色の瞳が寂しげに光った。ほつれた赤毛が顎のあたりにまとわりついている。顔だちが以前より鋭くなって見えるのは痩せたのだろうか。どこか前とは違って見える。
(大人になった? 成長したということか)
 最初に会ったときより少し落ち着いて見える。以前は考えなかったことを考えるようになった結果、自分の状況の不幸に気づいてしまったのかもしれない。大人になるということは、ときに哀しいことだ。リィウスは内心、ほろ苦く笑った。
「とにかく……、私は逃げるわけにはいかないのだ。今の話は聞かなかったことにするから」
「うん……。でも、リィウス、死んだら嫌だよ」
 リィウスはどう答えていいかわからなくなった。
(この子は、私の考えていることに気づいたのだろうか……)
 内心うろたえながらも、こわばった笑みを無理に浮かべてみせた。
「勿論だ。私はまだ死ぬわけにはいかない。ちゃんと、生きて帰ってくるさ」
 心とは裏腹のことを口する居心地の悪さを振りはらい、リィウスは無理に笑ってみせた。

 久しぶりに外の空気を吸えたことで、リィウスは高揚した気分になっていた。外の空気とは、こんなにも心地良いものだったとは。
 天蓋付きの馬車に同乗しているのはタルペイアとベレニケ、それにサラミスだ。
「ずるいわ、リキィンナったら。月のものが来たとかいって逃げるんだから」 
 ベレニケが不満そうに呟く。
 今宵の宴にはリィウスとともにベレニケとリキィンナが行くはずだったのだが、リキィンナが女特有の事情で行けないと言い出したのだ。
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