燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「タルペイアはね、いつしかそれを望むようになっていたの。自分の持ちごまの娼婦男娼を使って、金や力のある男を翻弄することが楽しくなってしまったのよ。そして、今、あんたは、まさにタルペイアの掘った落し穴に落ちかけているのよ」
「おい……」
 冗談はよせ、とは言えなかった。
 ヌビア女のとろけるような黒蜜の瞳に、一瞬だけ、憂いを秘めたぬめりがにじむ。
「今、ここで教えてあげたのが私の精一杯の、最初で最後の親切よ。今ならまだ間に合うのよ。これ以上馬鹿なことはやめて、おうちに帰んなさいよ。リィウスのことは諦めたほうがいいわ」
 ディオメデスは不快さを隠すことはできなかった。目を合わせてリキィンナが溜息をつく。
「ああ、もう完全に穴に落ちたのね」
「ふざけたことを言うな。俺は落ちたりするか」
 リキィンナは耳を貸さない、というふうに首を横に振った。
「タルペイアは、あんたがリィウスに執着すればするほど、ぜったい手放さないわよ。それどころか、いっそう値を吊り上げ、あんたを焦らし、振り回すわよ」
 くだけた口調には嘘も誇張もなく、真実を語っているようだ。ディオメデスを脅すつもりはなく、本当にそう思っているのだろう。
 だが、そう言われて退く気はない。
「もういい」
 ディオメデスはリキィンナを追い抜き、めざす室へ向かった。そこでリィウスが待っているのだ。

 寝台に腰かけていたリィウスは、近づいてくる足音に怯えた。
 だがその怯えには、甘い疼きが秘められていることにも気づいていた。
「待っていたのか?」
 扉口に張られた薄紫の布を振りわけ、男は悠々ゆうゆうと入ってくる。こちらを威嚇するような傲慢そうな態度だが、もはや慣れてしまったリィウスは、それをさほど不愉快にも思わなかった。むしろ・・・・・・、リィウスは気づいていた。
 傲慢そうにふるまうのは、照れ臭いからなのだ、と。
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