燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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ヴィーナスの陥穽 一

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 タルペイアは機嫌良さそうだ。
 無理もない。目の前には最高級の硬貨とされるアウレウス金貨が幾つもあるのだ。これだけで、どれほどの財産になるのか。ベレニケは考えて眩暈めまいがしそうになった。
 昼下がりのこの時間、タルペイアは昨夜の売り上げの勘定をしている。その様子はひどく楽しげである。この貪欲な女は、色にも金にも目がない。
 ベレニケはもってきた葡萄酒の杯が乗った盆を、台のうえに置きながらつぶやいた。
「楽しそうね」
 嫌味に聞こえないように気をつけたつもりだが、やはり棘があったのか、タルペイアの微笑が消える。だが、次の瞬間、赤い唇は半月の形をつくった。
「まあね。……あの坊ちゃんがよくこれだけ出してくれたと感心するわ。つくづく恋する男というものは愚かね」
「恋……しているのね」
 勿論、相手はリィウスだ。ベレニケは胸にちいさな疼きにも似た痛みを感じてしまう。
 あの二人はもとは学友で顔見知りだったそうだが、仲は悪かったそうだ。それがどういうわけか、今や完全にヴィーナスの罠に落ちて、毎夜リィウスを抱くため、ディオメデスはかなり無理をして金策している。
 いくらディオメデスの家が都有数の金持ちだとしても、そうそうこれほどの大金を作れるわけがない。
 アスパシアが客から聞いた話では、最近は亡母から相続した田舎の別荘を売ったという。それだけではなく、自分が持っている宝石や芸術品など高価な物をつぎつぎと質に入れているそうだ。
 もはや恋の病に落ちているとしか思えない……。そう嘆いたのはディオメデスの友人のアウルスだ。心配して、注意したそうだが、ディオメデスは聞く耳をもたない。
 もう一人の友人のメロペの方は、最近来ない。来てくれない方がベレニケにとってはありがたいのだが、さすがにディオメデスの惑溺ぶりをみると、メロペでも誰でもいいから彼を止めてくれないかと藁にもすがる想いになってきた。
 先日、裏庭でくつろいでいると、ディオメデスと彼の従者が言い争っている声が聞こえてきたこともあった。忠実そうな従者は必死にディオメデスを止めようとしていた。
濫費らんぴがひどすぎますよ。お父上がお怒りです)
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