燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 ややエウトゥキスを揶揄からかうような口調でディオメデスが訊いたとき、ちょうど、その客が姿勢を変えた。
 一瞬、横顔が見えた。
(どこかで……見たような?)
 どこでだったろう? ディオメデスは記憶はいい方だが、今は思い出せない。
(なんだか、たしかに胡散うさん臭い感じがするな)
 だが、今は別の目的がある。とにかく柘榴荘に行かなくてはならない。
 ディオメデスは従者を呼びよせ、馬を用意するように命じた。
「すぐご用意します」
 長年仕えている召使のトアスが準備をすませ、もどってきたとき、いぶかしむような顔になった。
「はて、あの人は……」
「おまえ、知っているのか?」
 彼の目線は、先ほどの男性客の背中に向けられている。
「ええ……。たしか以前、奥様があの男を呼ばれたことがありました」
 屋敷に出入りしていたことがあるという。
 この時代は、身分の違う人間との関係はいたって希薄だ。だが、さすがに使用人の彼は、おなじ年代の出入り客の男を見おぼえていたようだ。
「あの女の知人か?」
 不仲な継母マルキアを〝あの女〟と呼んでから、ディオメデスは嫌な予感がして眉を寄せた。
「ええ、奥様の……御客人と呼ぶべきなのか」
「客人?」
 従者は記憶をさぐるような顔になった。
「たしか……御気分のすぐれないときに呼んでおりました。最初は医者かと思ったのですが、侍女に聞いた話では、薬を扱っている商人だとか」
「商人?」
 けっして普通の品を売っているのではないだろう。
「奥様は、彼のことをかなり信用している様子でした。廊下で遠目に見たときも笑顔で迎えており……。それで気になり、覚えていたのです」
 ディオメデスはますます眉を強く寄せた。
 この当時、たいていの貴族は商人を蔑む。医師や薬師もあまり尊重されていない。
 それが人一倍気位のたかいマルキアが、商人の男をかなり信頼し、出迎えるときは親しみを込めて挨拶していたという。
「物腰や態度からして、ただの商人ではないと思えました」
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