燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 それを聞いて、リィウスの顔はこわばった。
「そ、そんな、そんな……! それは駄目だ! それだけは許してくれ!」
 首を横に振り、リィウスは悔しさを押し殺した。歯軋りしたいのを、数秒瞑目することでどうにかこらえ、死ぬ想いで心を落ち着かせるしかない。
 閉じていた瞼から涙が流れて頬を濡らす。
 その横顔に、タルペイアは何を思ったのか、吐息をこぼしたが、目を閉じているリィウスは気づかない。
 やがてリィウスはふたたび目を開け、唇をふるわせながら屈服の言葉を吐き出した。
「わ、私が乗るから……。だから、ナルキッソスには手を出さないでくれ」
「解ればいいのよ」
 タルペイアは満足そうに笑った。人の情などひとかけら持ちあわせていない笑みは、それでいてひどく美しく見えるから、この世は不公平である。
「さ、こちらへいらっしゃい」
「うう……」
 リィウスは歯を食いしばって床上をすすむ。
「ほら、ここへ乗るのよ」
 ふざけたようにタルペイアが生命いのちなき馬の固い背をたたく。
「そこに足をかけるといい」
 アスクラに言われたとおり青銅の鐙に、おずおずとリィウスは足をかけた。先ほどサラミスがしたような動作で、馬の背にまたがろうとしてみる。だが、
「ああ……!」
 否応なしに目に入る道具が、てらてらと濡れて光って見える。そのおぞましさ、不潔さに、リィウスは込み上げてくる吐き気と戦った。
「どうしたのよ? すでに濡れているから、辛くはないわよ」
 情けなさにリィウスは首を振った。
 だが、誰も待ってはくれない。
「足を開けて、またがるのだ」
 アスクラが低い声でふたたび命じるが、リィウスは足をかけたままで動けないでいた。
「うう……」
 惨めさのあまり、こらえきれずにリィウスは嗚咽した。
 人の声という、至上の名器によって奏でられる悲しい音色が広間に響きわたる。
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