燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 正視に耐えられず、顔を伏せてしまう。
 娼館で男娼として過ごしてはいても、やはりリィウスはまだ純情で、初心うぶだった。そんなリィウスのいじらしいような様子を、ウリュクセスは満足げに見ている。
「さ、いらっしゃい、リィウス」
 足が石のように凍りつき、動くことができないでいるリィウスを、反抗的ととったのか、タルペイアの、ナツメヤシを焼いたすすで黒く塗った眉がゆがむ。
「なにをしているの、こっちへ来て、言われたとおりにするのよ」
 声にはいらだちが含まれている。
「で、できない……」
 リィウスは震えながら首を振った。
「許してくれ……、そ、そんなおぞましい、恐ろしいこと……、私にはできない」
「何言っているのよ!」
「む、無理だ」
「……私が代わりに乗るわ」
 タルペイアがさらなる怒りの声をあげようとした瞬間、サラミスの呟くような声が響いた。
「おや、この娘さんが乗ってくれるのかな?」
 ウリュクセスが面白そうにサラミスを見つめる。
 サラミスの頬はほんのり茜色の染まっている。青銅の馬を見つめるヴァイオレットの瞳は火を秘めたように熱っぽい。かすかに潤んでいるのは、興奮しているからだろう。
「おまえは、本当にどうしょうもない淫乱ね」
 タルペイアが苦笑した。
 先ほどは怯えた顔を見せたサラミスだが、被虐の悦びを知る身体と心に、目の前の淫靡な責め具は毒だったようだ。
 彼女の内にひそむ被虐の欲望が刺激されたらしい。
「私が、リィウスの代わりに乗るから……」
 舞台で芝居の台詞をつぶやく女優のようだ。
 リィウスへの同情もあるのだろうが、なによりサラミスの心を占めているのは、みずから犠牲になって朋輩をかばうという英雄的行為への自己陶酔と、はげしい被虐の悦楽だろう。
 サラミスはゆっくりと、青銅の馬に向かって歩きだした。ギリシャ神話に出てくる、怪物の怒りをおさめるために生贄いけにえにされた王女アンドロメダのように。それこそ悲劇の王女を演じる女優のように、やや気取った仕草で薄い衣を脱ぎ捨てる。七色のモザイクの床の上に白い布が散る。
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